第28話 戦鬼、逆襲
その頃、ラインアット隊は速やかに戦場への突入を果たしている。
「間もなく戦闘圏」
ジストの声がコクピットに響く。
すでに夜闇は白に近い橙色の炎によって照らし出されている。
「電波妨害を確認。レーダーはあてになりません」
後衛のファリアが涼やかながら硬い声で告げた。
次いで「全機聴け」と先鋒に着いたジストの声が入る。
「夜襲だ。昼間の戦闘とは勝手が違う。気を抜くなよ」
ジストの言葉にカザトは身を固くした。
『カザト、お前は右だ。左のリックと背中を守りあえ』
「……はい!」
カザトは機体の足を止めた。暗視カメラで周囲を見回す。見渡す限りを、緑色に輝く炎が埋め尽くしている。ところどころで円筒形の車輌が横転して巨大な蝋燭のように炎を上げている。
「これは―」
カザトはコクピットに表示された機外温度計を見て呻いた。
温度はすでに1000度に達しようとしている。
「敵は燃料輸送車を片っ端から破壊していった。ここはもう火の海だ」
「じ、じゃあ……」リックの声が上ずっている。
「生きてる連中は俺たちだけだ」
「ここにいた師団員は?」
「もう灰になってる」
全身から血の気が引いていく。
「敵の戦力は我々より少ないはずです。そこに夜襲なんて」
「シレン・ラシンならやりかねない。奴はそういう戦闘に長けた指揮官だ。恐らく親父以上にな」
来るぞ、とジストが告げる。カメラを調整し、目の前を望遠すると夜闇の中に、もはや見慣れた人型のシルエットが浮かび上がっている。それは炎に照らされ、さながら幽鬼のように佇んでいた。
「敵機は3―」ファリアが四方へ目を配りながら告げる。
「まだ仕掛けるなよ」
ジスト機が前へ進み出る。グラスレーヴェンが一斉にこちらを向いた。手にしている武器は機関砲と、擲弾砲だ。輸送部隊を屠った機体とみて、まず間違いない。
「ファリア、敵の機体の色は?」
「色は黒」
カザトも目を凝らす。炎の色に染まった箇所を除けば、グラスレーヴェンは夜の闇に溶け込む漆黒の装甲をしている。白ではない。つまり―。
「―シレン・ラシンの本隊じゃないのか?」
「夜襲は攪乱のつもりらしい。そんなことをしでかすとは、余程の馬鹿か」
「……よっぽどの手練れか」
ファリア機が長砲身の内部へと徹甲弾を装填する。
リックとカザトが回転鋸を構えた。
ジスト機も機関砲が内蔵されている腕部を突き出した。
「仕掛けるぞ」ジストがくわえ煙草を揉み消した。
轟、とスラスターに点火する音が響き、ジスト機がホバリングを始める。それにならうようにカザトら僚機も次々に宙浅く機を浮かせる。回転鋸の甲高い回転音が響き、時折フレーム同士がこすれ合う火花で深紅の装甲が闇に浮かび上がった。
グラスレーヴェン3機は左手に火器を持ち、右手で白刃を抜いた。
迎え撃つつもりだ。カザトが身構えた瞬間、先頭のジスト機の腕部から砲弾が轟発した。夜の闇に曳光弾が光の尾をひいて吸い込まれていく。さっ、と青白い炎が光った。グラスレーヴェンは推進炎を背負って散開している。
そのまま、隊の左右へと回りこんだ。
1機が擲弾筒を構え後方へと回る。
「―! カザト君、気をつけて!」
ファリアが照準器を引き出した。グラスレーヴェンは右へ左へと跳躍しながら狙いを定めさせない。しかも不用意に発砲しない。恐ろしく冷静な搭乗員が乗っているのだろう。
「リック、気をつけろ!」
「―こいつら、速え!」
リックが回りこんだグラスレーヴェンへとかかったその時、中央ががら空きになった隊列へと残る1機が跳ねるように突っ込んできた。
ジスト機が
「間違いない」ジストは唸るように呟いた。「こいつら手練れだ」
「隊長!」
カザトが回転鋸を持ったまま前進しようとした、その瞬間だった。
目の前で光が灯った。橙色のそれは尾を引いて宙高く舞い―。
「―カザト、避けろ!」
「っ!?」
橙色の光の正体は、炎上した燃料輸送車だった。空中と地面に粘着質な火の粉をばらばらとはじけさせながら、砲弾のように飛んでくる。
「プロンプト!!」
カザトは機体腕部の機関砲を起動させ、降ってくる輸送車に狙いをつけた。
発砲、爆発。
「カザト! 下がれ!」
ジストの声と同時、空中で炸裂した燃料輸送車の炎がクラゲのように傘を広げ、カザト機に降り注ぐ。燃料によって生み出された炎は焼け尽きるまで消えることはない。機体の装甲表面に貼りついた燃料は、深紅の装甲に劣らぬ赤い炎をあげてラインアット・アーミーを炎上させた。
「う、あ!?」
カザトは思わず顔を腕で庇った。コクピット内部にいても凄まじい熱気が伝わってくる。肌が焼けそうな灼熱にたじろぐ。
「びびるなカザト! アーミーなら大丈夫だ!」
ジストの声によって我に返り、振り払おうと顔を上げたその時、警告が鳴り響いた。
「正面から新たに1機!」ファリアの声。彼女は真後ろに回りこんだ1機と砲撃戦の最中にある。
「こんな時にか、ふざけんな!」リックが喚いた。彼も2機目とやり合っている。互いにじりじりと間合いを測り、にらみ合っている。隙をつくるわけにはいかない。
「カザト、来るぞ!」ジストも切り結んでいる。
やるしかない。カザト機が炎のベールを打ち払って前進した。まとわりついた炎が後ろへと流れていき、目の前が開けた。
瞬間、グラスレーヴェンはすでに目の前に迫っていた。
「ぐ、っ!?」
諸手で、白刃を上段に構えて突っ込んできたグラスレーヴェンと鉢合わせる。
激突し、回していない回転鋸でそれを受けた。払おうと右腕部を振り回した刹那、グラスレーヴェンは跳躍してカザト機の後ろへと回りこんでいる。
「こいつら、今までの機体と違う!」
―見つけた。
声が聴こえた。
―ウィレの紅いやつ、俺の声が聴こえるか。
聴こえている。いや、聴こえてはならない声だ。
だって、聴こえているその声は。
「ノストハウザンの、あの時の、モルトのパイロット!」
―やっと会えた。
「生きていたのか―」
操縦桿に手をかける。瞬間、戸惑った。
グラスレーヴェンを前にして、なおも敵意が沸かない。
「カザトなにしてる、撃て!!」
我に返って振り向く。
グラスレーヴェンが白刃の切っ先を揃えて、突っ込んでくる。
「う……っ!?」
「ちぃっ!」
ジストは切り結んでいる敵機を振りほどき、振り向きざまに左腕のプロンプトでカザトの方向へ狙いもつけずに乱射した。数発の砲弾がカザト機の装甲にも直撃し、跳弾となって甲高い音を立てた。
「ッ!」
我に返り、カザトは白刃をくぐるようにしてグラスレーヴェンの背後へと抜けた。
向き直った時、すでに漆黒の機動兵器は刃を脇へと構え直している。
「なんで出てきた! 命拾いしたのに!」
―なんで、だと。決まっている、お前を殺すためだ。
向けられた明確な殺意に、視界が明滅する。めまいがして、心臓がおかしくなりそうだった。
「もうやめろ……! 戦いは決した! お前たちに勝ち目はない!」
―お前は仲間が戦っている時に、戦いを放り出せるのか?
「それは……!」
「やめろカザト!!」ジストが普段は滅多にあげないような大声を挙げた。
―もういい。お前と問答するために、俺は話し掛けたんじゃない。
漆黒のグラスレーヴェンが深く腰を落とす。
刹那の爆発に備え、力を溜め込むように機体が沈む。
「カザト!」ジストが吼えた。「敵と話すな!!」
「待ってくれ!!」
カザトは刃を構えるグラスレーヴェンに向かって叫んだ。
「俺は、お前に、嘘をついた―」
グラスレーヴェンは微動だにしない。
「俺が戦う理由はなんだと、お前にノストハウザンの戦いで問われた」
―ああ、覚えている。
「俺はその時、確かに教科書の見本のような答えを返した。そしてお前に嘘だと言われた」
―覚えているとも。
「俺は……英雄になりたい。人のために戦い、この戦争を終わらせるために戦う」
―そうか。ならば―。
グラスレーヴェンの眼が、炯々と輝いた。
「カザト! 離れろ!!」
ジストが再び叫び、気付いた時にはグラスレーヴェンは懐へと飛び込んでいた。
「!?」
―お前の子どもじみた英雄ごっこの果てに、俺の戦友たちは業火に焼かれたんだ。
お前が百万通りの言葉を尽くしたとしても、俺はお前を許すことはできん。
グラスレーヴェンの刃が翻った。カザト機の後退―間に合わない。
ジャン、と耳を潰す様な金属音が鳴り響いた。
カザト機の左腕が切断され、回転しながら宙高く舞う。
―その怪物の首、今からでもノストハウザンの戦友たちに捧げてやる。
「う、あ……」
―お前だけはこの手で、あの世へ送ってやる!
「カザト!!」
「カザト!?」
「カザト君!」
仲間の声が遠く聞こえる。
さかしまに振りかざされた刃の切っ先が、自分の肉体が収まっている操縦室へと突き付けられている。
カザト・カートバージは、この時初めて、死を覚悟した。
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