第27話「教えてくれよ」-後-


 4機が去った時、アーミー疾駆の残り風に吹かれながらゲラルツはなおも地べたに座り込んだままでいる。


「行かないの」


 エリイ・サムクロフトだけが傍らに残った。自分の肘を抱いて、ゲラルツの方を見もせずに立ち竦んでいる。


「行かねえよ」

「なんで」

「なんで俺が奴らのために闘わなきゃいけねぇ―」


 言葉が終わる前に、ゲラルツは背中から地面に倒れていた。「何しやがる」と凄もうとしたが息が詰まる。足を高々と差し上げたエリイが肩で息をしながら目の前に立っていた。ゲラルツの胸を踏み抜く勢いで蹴り倒したのだ。


「オメーは本物のゲス野郎ッス!!」

「ん、だとォッ!」


 ゲラルツは弾かれたように立ち上がるとエリイの襟元を締め上げた。小柄な少女の身体がつま先立ちになる。「勝てる」とゲラルツは思った。その時だった。ふわり、と黒髪が鼻先を撫でたかと思うと、ガツンッ、と鼻先と目の間で火花が散った。


 エリイがゲラルツの顔面に頭突きを食らわせたのだ。そのまま、逆にエリイがゲラルツの首に爪を立てた。


「強ェんだろッ!? 強い人間がこんな所でふてくされんのかよッ!!」


 殴り飛ばそうと振り上げた拳が止まる。少女とは思えない剣幕に、針で縫い付けられたかのように動けない。


「ダセェんだよ!! そんなだからテメェは弱いまんまなんだよッ!」

「……ッ、の……!」

「くだらねー喧嘩してねぇで、ふてくされてねぇでテメェがどれだけ強ぇのか見せてみろよッ」


 エリイはつま先立ちになったまま、ゲラルツの肩を抑えにかかった。反発しようとした少年の身体はあっさりと地面に沈んだ。


「こんなクソみたいなヤツのためにアーミー作ったんじゃないッスよ……」


 乾いた砂にいくつもの水滴が落ち始めた。だが、ゲラルツはそれを見なかった。

何度も何度も顔を袖で拭いながら、エリイはやがて去って行った。


「ようガキンチョ」


 ゲラルツの頭上から声をかけたのは"魔女"と呼ばれる中佐だった。


「ババアの冷や水かもしれないが、今のお前はサイテーだ」

「……お前らにオレの何がわかんだよ」

「知ったこっちゃないね」


 切り捨てられ、ゲラルツは地面を見つめている。


「それより、ガキンチョ。お前に一つだけ聴きたいことがある」


 "強いってどういうことか、テメェの言葉で話してみな"。

 ポーピンズはそれだけ言うと炎の光が走る戦場を見つめた。


 沈黙が続いたのち、ポーピンズは肩を竦めて背を翻した。


「……教えろよ。わかんねぇよ」


 消え入るような、蚊が飛ぶような声だった。


「顔を上げなクソガキ!」


 ポーピンズの言葉に、ゲラルツはゆっくりと顔を上げた。荒み果てた顔色は砂に塗れた荒れ地と、茶色く枯れ果てた草木のようだった。全てに絶望をしきった表情、というものがあるならば、それは今のゲラルツの事を言うのだろう。


 青筋を立ててポーピンズは吼えた。ジストさえ見たことがない、彼女の姿だった。


「強さを知るための何もかもがあそこにある!」


 爆音が、遠雷のように轟いた。


「テメェはあの中に"強さ"を放り捨ててきた。知りたきゃ取って来な! 以上!」


 ポーピンズは歩き出した。今度こそ振り向かない。


 そしてゲラルツは、ひとりになった。

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