第29話 闇夜の戦鬼

 閃光。

 一瞬の煌めきの後、カザトの肉体を轢き断たんとした白刃が夜空に高く弾かれた。


「ゲラルツ!?」


 深紅のアーミーが吼えるような駆動音を響かせる。喰らいつかれたグラスレーヴェンはすでに両手を脇に構えて白刃を立てている。


「勝手に勝ったつもりになってんじゃねぇよ」

『一機足りないと思っていたが、それで伏兵のつもりか?』


その手に持った鋸の刃を回転させる。


「……てめぇをぶち殺す」

『やってみろ』


 ゲラルツの機体が前へと飛び出した。相対するグラスレーヴェンも夜空高く躍り上がって迎え撃つ。炎により橙に染まった夜空で、漆黒と真紅の鋼鉄が交差する。回転鋸を縦横に振り回すアーミーに、グラスレーヴェンも白刃を以って斬り結んだ。敵はもうノストハウザンのように、弾かれたり狼狽することはない。


 互角だ。装甲も火力も上回るアーミーに、グラスレーヴェンは全く互角で渡り合っている。


「ん、で、死なねえんだテメェ!」

『—は!』


 グラスレーヴェンから漏れた声は愉しげだった。


『いいぞ、ついて来い』


 暗い水底から湧き上がる泡のような声に、カザトは操縦桿を握りしめた。

 直感―深入りすればゲラルツが死ぬ―を確信した。機体を跳躍させ、ゲラルツ機の横へと着ける。


「カザト!?」

「ゲラルツ、深入りしちゃ駄目だ!」


 急接近したカザトに、機の姿勢を崩し掛けたゲラルツ機が噴進を止めて地面へと降下する。追跡を取りやめたアーミーに気付いたグラスレーヴェンが、空中で手足を大きく広げた。大の字になった鋼鉄の騎士は、ばくん、と手足に急制動をかけて制止すると地面へと降りていく。


「テメェ、なんで邪魔すんだよ……!」

「ゲラルツ、こいつはノストハウザンあのときのアイツじゃない」

「知るか、ぶち殺すだけだろうが」

「なら、俺とお前でやるんだ! 仲間と離れすぎるな!」


 刃を揃える。憎らしいほど、構えた刹那の息が合った。グラスレーヴェンは刃を持つ手を回転させ、空を切るように回した。脇に構え、腰を沈める。

 夜闇に炎が広がっていく。気化した燃料は行き場を失い、狂ったように空中でのたうち回る。まるで鬼火だ。その鬼火をまとってグラスレーヴェンは立っている。


『本当にやれると思っているのか』

「それは、お前も同じことだろう」


 カザトが操縦桿を握り直す。掌は汗でじっとりと濡れている。


『—なに?』

「お前の技量なら、確かにラインアット・アーミーを凌げるかもしれない」


 恐怖を押さえつけて、目の前のグラスレーヴェンに刃を向ける。


「だけど。お前はアーミーと渡り合うことはできても、殺す術は知らない」

『なんだと……』

「それほどアーミーと渡り合える腕を持ちながら、俺は今日までお前の噂を聞いたことがなかった」

『何が言いたい』

「お前は戦場から離れていたんだ。だから今日までアーミーを相手に戦う機会はほとんどなかったはずだ。そんなお前が、俺たちを殺す……アーミーを撃墜する術を得ているはずがないだろう」


 グラスレーヴェンは刃の切っ先を動かさず、じっとこちらを見ている。


『その通りだ。俺はあの戦いの後、野戦病院にいた。ほんの数日前までな』


 刹那、目の前のグラスレーヴェンが先に動いた。勘が当たったと感じる間さえ与えない。刃をかざした鋼鉄の騎士はカザトへ襲い掛かった。


「テメェ、無視すんじゃねェッ!」


 ゲラルツ機が回転鋸を手に割って入り、グラスレーヴェンは必殺の回転する刃を潜り抜けるようにかわした。そのまま両腕を広げて後退する。


『プロンプト』

「ッ!? ゲラルツ、危ない!」


 グラスレーヴェンの肩口から機関砲が火を噴いたのはカザトの叫びとほぼ同時。ゲラルツ機はものともせず旋回に入る。小口径の砲弾ではアーミーの重装甲を貫通することはほぼ不可能—。


『振り向いたな』


 ―だからこそ、グラスレーヴェンは目を狙った。

 ゲラルツの上擦った叫び声が聴こえた。


 頭部に吸い込まれた機銃弾は寸分違うことなくゲラルツ機の目を粉々に潰した。目を潰され、重油の血涙を流した怪物が悲鳴のような駆動音をあげる。


「ゲラルツ!」


 足を折って立ち止まるゲラルツ機を助けようとカザトは銃撃を続けるグラスレーヴェンへ突進した。その突進すら避けようともせずに、鋼鉄の騎士は刃を振るって立ち向かってくる。


『来い』


 足が竦んだ。倒せる気がしない。怖い。逃げ出したい。


「この……ッ!!」


 逃げ出せない。ここで後ろを見せて仲間を見捨てたら、目の前の敵に対して決定的に敗北するという確信がある。


『どうした』


 グラスレーヴェンが顔の前で刃を立てる。夜空へ高々と剣先を立てる姿は騎士そのものだ。潰え終わるための出口を求め、空中で果てなく燃え狂い続ける炎をまとい、カザトをただ見据えている。


『逃げないのか』

「この……ッ!」


 甲高い音を立て、回転鋸が回り始める。唯一残った右腕-左腕はすでに切り落とされている-をあげて振りかざそうとした刹那。


「ッ!?」


 グラスレーヴェンが目の前へと迫っている。


『遅い―』


 カザトは反射的に、機の手を解いた。回転鋸を持っていない手を放した瞬間、機体の腕と回転鋸の間を白刃が滑り抜ける。間違いなく、肘に当たる部分を狙っていた。このグラスレーヴェンのパイロットは、どこを狙えばアーミーが戦えなくなるかを知っている。


 回転鋸の刃が地面へと落ちる。土を削り、跳ねて地面をのたうち狂う。


「う……!」


 斬撃はかわした。だが、武器を取り落とした。


『拾え』


 敵の声に凍り付く。

 拾おうと隙を見せれば、カザト機は間違いなく急所を一撃される。


『お前は甘い奴だ。戦場で自ら武器を落とすとはな。それで己の命を守ったつもりか』


 機をじわりと屈ませる。アーミーの指先が落とした武器を求める。

 グラスレーヴェンがじりじりと土を踏みにじって距離を詰めた。

 駄目だ、動けない。


『そんな奴に、俺の戦友たちは殺されたのか』


 敵の、血を吐くような声。

 今度こそ殺される。カザトの歯ががちりと音を立てた瞬間。


「テメェも、十分甘ぇよ」


 グラスレーヴェンの背後でゲラルツ機が起き上がる。


「―プロンプト」


 声と共にゲラルツ機が両手を伸ばした。

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