第30話 英雄と悪人
砲弾がグラスレーヴェンを叩く。黒い機体は火花を散らしながら旋回し、ゲラルツへ振り向く。
「おせェんだよッ!」
漆黒の装甲を機銃弾が乱打し、グラスレーヴェンの左腕を数発の機銃弾が貫いている。その数発で十分だった。ゲラルツが狙い澄ませた弾丸は全て、グラスレーヴェンの肘関節を粉々に撃ち砕いていた。
『しまった』
グラスレーヴェンの左腕が地面へと落ちる。
「カザト、ついて来ねぇとぶっ殺すぞ」
「わかった!」
瞬間、カザトとゲラルツは共に地面を蹴った。
火を纏う、悪鬼のようなグラスレーヴェンへと立ち向かう。
「「レゾブレ」」
操縦桿が押し込まれ、フットペダルが軽くなる。増した推力によって身体が座席へと押さえ込まれる。目の前の夜闇が開けていく。センサーの感度の上限が取り払われたことで、闇夜をかける猫のように、周囲の状況が手に取るようにわかった。
カザトは左腕をもがれたグラスレーヴェンの真横へと回りこんだ。
「お互い片腕……なら、五分と五分だ!」
『五分だと、笑わせるな』
グラスレーヴェンが片手上段に白刃を構え、月を背後に跳躍した。
急降下からの、頭上からの斬撃。グラスレーヴェンの格闘において最大の威力を持つ攻撃。防がなければ重装甲のアーミーでももちはしない。
だが、あえてカザトは機を前進させた。距離を詰め、そのままグラスレーヴェンの真下を駆け抜ける。
『!?』
「どこ見てやがんだコラ!!」
着地したグラスレーヴェンの真横から、夜闇を蹴散らしてゲラルツが回転鋸で襲い掛かった。振り抜かれた鋸の刃が袈裟懸けに火花を散らした。グラスレーヴェンの胴体を、捉えた。
「浅ぇな」
「ゲラルツ、もう一度だ!!」
ゲラルツは回転鋸を横に払って応じた。グラスレーヴェンは二、三歩後ろへとよろけるように後退する。
「とった!!」
カザトはグラスレーヴェンの真後ろへと回りこみ、鋸を振り上げた。グラスレーヴェンの背中がコクピットの画面に大写しになっている。旋回も間に合わない。
―やれる。
目の前のグラスレーヴェンを真っ二つに両断するため、その胴体目がけて振り抜いた回転鋸が、宙を切った。
ゲラルツ機の真正面、わずか数メルの距離にグラスレーヴェンがいる。白刃を腰の横に寝かせた漆黒の機体が伸び上がるようにして跳躍した。
「カザト、もう一度―」
通信が途絶えた。がくん、とゲラルツ機が足を折った。
「ゲラルツ?」
ゲラルツ機が擱座していると判断するのに一瞬を要した。
そして、その喉首にはグラスレーヴェンの白刃が根元まで突き刺さっている。
「ゲラルツ!!」
気を取られた一瞬。グラスレーヴェンが真横へと回りこんでいる。
再び、回転鋸を振りかぶる。その鋸の持ち手が真っ二つになった。後ろへと回りこんだグラスレーヴェンの手には、すでに白刃が握られていた。
『そんな付け焼刃の連携で、俺を倒せると思ったのか』
「お前……ッ!! よくも―」
『よくも仲間を、なんて言うつもりか? 俺から奪ったお前が言えた立場か』
腕を突き出す。機関砲を発射すべく引鉄に指をかけた時、盛大な衝撃を感じた。グラスレーヴェンが体当たりを食らわせたのだ。腕よりもさらに近い懐に飛び込まれ、腕部に装備された機関砲も使えない。
『それで終わりか』
カザトは目を見張った。刃をさかしまに振り上げるグラスレーヴェンが、その瞳に映った。そして、そのグラスレーヴェンの背後で擱座したゲラルツ機がゆっくりと立ち上がる姿も。
「勝手に、殺すんじゃ、ねえぇ!!」
ゲラルツの叫びが聴こえた。
反射的にカザトはブースターを逆噴射させて後退する。
突進してきたゲラルツ機を跳躍してかわしたグラスレーヴェンは、そのまま二人と間合いを取って白刃を構え直した。残る右腕だけで、アーミー2機を相手に互角に戦っていることが信じられない。乗機を操る二人の息は荒いでいた。
『ノストハウザンの戦いの後―』
敵の声はどこまでも静かで、息さえ荒ぐことはない。
『俺が、どれほどの苦しみを味わったか、お前たちにわかるか』
敗残兵に落ちた衝撃。人として扱われず、捕捉されかけた際には戦利品として、モノとして扱われかけた屈辱。泥にまみれ、動けず、虫にたかられ、生きることさえ苦しいとしか考えられなかった絶望。
『—俺の戦友たちが味わった苦しみがお前たちにわかるか』
「お前……」
『お前はさっき、自分が戦う理由を話したな。英雄になりたいと』
ああ、そうだ。カザトは頷いた。
『無駄だ』
敵からの言葉は即答だった。
『お前は英雄にはなれない』
頭に血が上っていく。カザトは首から頭頂まで体温が昇っていくのを感じた。
『戦う本当の理由が英雄になりたいだと。ふざけるな。お前の本当の姿は醜い人殺しだ。戦う理由を見いだせず、命じられるままモルトの兵士を殺した。お伽噺にしか存在しない薄っぺらな
武器も持たず、
『—お前はどこまで行っても人殺しで、悪人だ』
「な、なん―」
カザトが硬直する。
ゲラルツはこの時、ジストが喧しく叫んでいた言葉の真意を知った。
「カザト、聴くんじゃねえ! 通信を切れ!」
『外野は黙っていろ』
グラスレーヴェンの右腕が旋回した。
ゲラルツ機の頭部が、その頸ごと白刃によって刎ね飛ばされた。
「お前—」
『心配するな。確かにお前の言う通り、俺はアーミーを殺せない』
グラスレーヴェンは白刃を持ち上げて、刃こぼれ一つない刀身をしげしげと眺めている。通信から、嘆息に似たため息が漏れ聴こえた。
『動けなくするのが関の山だ。だが―』
カザトは我に返った。グラスレーヴェンの左右に、同じような漆黒の機体が追いついていた。背後で燃え盛る炎の中で、ジスト機やファリア機が同じように膝をついている。
『今は、これまで。だが―』
「待て……!!」
『—次は殺す術を得て、お前と戦う』
グラスレーヴェンは白刃を引っ提げたまま、背を向けると飛び去って行った。
この日の夜。シレン・ヴァンデ・ラシン率いるモルト軍機動部隊により各師団の補給部隊が襲撃された。この夜襲により、ウィレ・ティルヴィア軍南方部隊の進撃は半日の遅れを見ることとなり、モルト軍は前代未聞の敵中突破、東大陸西部縦断を達成することになる。
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