第21話 なんと言えばいいのか


 停戦合意は成った。

 アーミーと装甲車の大軍が、潮の引くように後退していく。その様をジャンツェンの肩上に立って見届けたシレン・ラシンは舌を巻いた。


「見事な退き際だ」

「シレン」


 背後、厳密には機の足元から掛かった声に振り向いた。


「ライヴェ次兄上。お待ちを」


 肩に固定したワイヤーを伝い、ほんの数秒で地上へと降り立ったシレンを見て「すげえなお前」とライヴェは目を白黒させていた。高層建造物ほどもある機体の上からワイヤー一本で楽々昇り降りする人間などそうはいない。


「何がです?」

「いや、何でもない。それよりもアーレルスマイヤーは約束を守る男らしい。前線に渡って敵は―」


 ライヴェが言いかけたその時。空が再び赤く光った。


「次兄上!!」

「まずい、伏せろシレン!!」


 二人が地面へと伏せると同時、赤い閃光は無音のまま地上―ベルクトハーツ西方3カンメル地点―へと落着した。熱により膨張した大気は、この日三度目の大爆風となって停戦に安堵しかけた兵士たちを薙ぎ倒した。

 砂埃を被って倒れ伏したシレンとライヴェは立ち上がると、弾かれたように宇宙港内へと駆け出した。


「オルク兄!!」

「長兄上!」


 宇宙港内の一室に入ると、そこに整然と設けられていたはずの大円卓の机と椅子は爆風が来た方向とは反対側の壁に横倒しになったまま倒れていた。円卓の傍にオルクが仰向けに倒れているのを見たライヴェはそちらへと駆け寄った。


「オルク兄、大丈夫か?」


 背中を強打して起き上がれずに呻いているオルクは、やっと腕をあげて部屋の隅を指し示した。


「ああ……私は大丈夫だ。それよりも―」


 指し示す指の先。そこに倒れているウィレ・ティルヴィアの将校を見て、シレンは目を見開いた。床にこぼれる長い亜麻色の髪も、そのあどけなくも可憐な顔立ちも、全て、一日たりとも忘れたことはない。

 名を呼ぶより先に足が動いた。あれほど気にかけた長兄も後回しにして、床に倒れ伏したその人を抱き起した。


「シェラーシカ殿!」


 抱き起した身体は恐ろしく華奢で、そして軽かった。粗雑に扱えば、あっさりと折れてしまいそうだ。

 あの時と何も変わっていない。そんな変わらないこの女性が、モルト軍を相手に激闘を演じてきて、今軍使として目の前にいるということがシレンには信じられなかった。

 非常事態だと言うのに、シレンは注意深くシェラーシカの顔を見つめた。額には打撲痕があり、砲撃によりできたものだと思うと(本当はベルツ・オルソンの一件で負ったものだったが)シレンは怒りがこみ上げて来た。そして埃にまみれた顔を恐る恐る拭うと、僅かだが彼女のまぶたが動いた。生きていると実感したシレンは大きく喘いだ。それまで自分が呼吸を止めていたことにさえ気付かなかった。


「シェラーシカ殿……!!」


 軽く揺さぶってみる。肩をぴくりと強張らせ、首を振った乙女は静かに目を開けた。


「こ、こは……」


 失神から引き戻されたことで混乱しているのだろう。だが、抱き起しているシレンの方はもっと混乱している。ベルクトハーツ宇宙港だと律儀にも返そうとしたが、何故か言葉が出ない。いやそもそもこのように抱き留めていることは良いのだろうかなどとぐるぐる考えを巡らせている間にシェラーシカが上体を起こした。ふわり、と亜麻色の髪から甘い匂いが浮いた。

 目が眩む。どうにかして理性を保った。眩暈から立ち直った時、シェラーシカの方はシレンと目を合わせていて―。


「……」

「……!!」

「シレン、さん?」


 返事の声すら出せずに、シレンはこくこくと頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る