第20話 将軍と宵闇
モルトランツより南西二百カンメル。
ウィレ・ティルヴィア陸軍第一軍野戦司令部。
「モルト軍止まりません! このままでは戦線が崩壊します!」
ウィレ・ティルヴィア軍は混乱に陥っていた。余力を残さないモルト軍の反攻は長くとも数時間、あるいは一日で押し留めることができると、誰もが思っていた。だが、彼らはグレーデンを見くびっていた。彼こそ、ゲオルク・ラシンの下であらゆる戦いを学び、そして開戦から全ての戦いを潜り抜けてきた司令官だった。結果的に戦線は至る場所で崩壊を始めていた。
「このままでは、戦線が崩壊します!」
「航空戦力はどうした? 支援空爆は!」
「東部より飛来する敵航空艦隊の対処に手いっぱいで……!」
頼りの空軍はこの大戦で甚大な被害を受けている。すでに搭乗員の六割はこの世にいない。全て、大戦初期からこれまでの戦いで、グラスレーヴェンと戦い、命を散らしている。満身創痍の空軍は、モルト軍捨て身の反撃を食い止めるために東部で死闘を繰り広げている。
グレーデンを止められるであろう、たったひとりの司令官は今、第一軍司令部に在る。
「思い切った策に出たものだな」
アーレルスマイヤー大将は腕を組み、立ったままで司令部のモニターを見据えている。その背後には、いつもの菓子袋を封印したヤコフ・ドンプソン参謀長が後ろ手を組んで立っていた。
「いかがなさいますか」
「いかがもない。こちらの戦線が分断されている」
「当初の上陸地点である西岸部にはアダムス将軍の第三十五師団と公都近衛機甲大隊がいますが……」
「防衛戦に定評のあるアダムスなら任せて問題ないだろう。大隊指揮官のアクスマン少佐は――」
「先日のモルトランツ南部、断崖での戦闘で重傷。同地の野戦病院に後送中ですな。今は副長のアレン・リーベルト大尉が指揮官代理を務めています」
「士気はどうだ?」
「はっきり申し上げて芳しくありません」
「だろうな。指揮官の負傷、一か月以上に渡る戦闘続行。通常ならば、このあたりで他の部隊と交代させて、後ろに下げて休ませるべきだ」
「ですが、モルト軍が総反撃に出た今、それもできませんな。年越しは鉄の嵐の中で迎えさせることになりましょう」
そこへ、報告が入る。
「敵機動部隊を確認! 数、数十。師団規模です! 夥しい機甲戦力も確認!」
凶事は続く。南部でのグレーデンの反攻に呼応して、日没直前にはモルトランツ西部からモルト軍部隊が反撃に出た。これを率いていたのはシレン・ヴァンデ・ラシン大佐率いる"機甲旅団"だった。グレーデンは戦力を分かち合って、虎の子のグラスレーヴェンをかつての恩師の息子に託したことになる。
シレン・ラシンはこれに応えてみせた。わずか二時間でラシン旅団は五十カンメルに渡って戦線を切り崩し、南西部に突出部を作ってみせた。西部から上陸を行うべく北上していたアーレルスマイヤーの第一軍は分断され、戦場は夜を迎えた。
「敵軍主力はホーホゼで夜戦を行う腹積もりです」
「そちらはオルソンの北方州軍、そしてあの部隊に任せるしかないだろう」
ヤコフはモニターを見上げた。西岸に取り残された部隊を取り囲むのは敵のグラスレーヴェン部隊。あの時と同じだ。開戦直後、西大陸をモルト軍に奪われた"北岸の戦い"と同じ状況だ。あの時も、上陸したウィレ軍は内陸へと引きずり込まれ、次いだモルト軍の総反撃によって海に追い落とされたのだ。
そして、あの時、その戦場にあって生き延びた者がいた。
「彼女はどうした?」
アーレルスマイヤーも同じことを考えていたらしい。
「かの地に向かわせています。アダムス将軍の師団を支えられるのは彼女しかいないでしょうからな」
ヤコフの言葉を聴いたアーレルスマイヤーはすぐに意を察したらしい。顔色を少しだけ失い、目を見開いてヤコフを見つめた。
「まさか――」
ヤコフ・ドンプソンは苦笑いを浮かべて頷いた。
「人間、時には精神論も必要でしょうからな。彼女にはそのための役割を果たしていただきましょう」
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