第19話 怪物どもの宴

 一合。まず刃を交えたカザトとキルギバートは互いに機を旋回させてはぶつけ合い、離脱しては斬りかかるという具合に剣戟戦を繰り広げ始めた。


――相手はグラスレーヴェン乗り。アーミーには慣れていないはずだ。


 カザトは顎を引いた。傍では残る二機の"アーミー"がジストたちを引き付けている。たった二機で、数に勝るこちらを足止めしている。北からモルト軍反攻の手が迫っているこの時機にだ。


――長期戦はまずい。一気に決める!


 カザトは回転鋸を持ち直しながら歯噛みした。キルギバートは完璧にアーミーを乗りこなしている。無理もない。操作系統はグラスレーヴェンと比べても圧倒的に単純明快だ。


 カザトはこれまでの戦いで得た経験を全て手繰り寄せる。獄炎のノストハウザン、弾雨の東大陸南部戦線、血と閃光の北方州決戦。その全てで出会った敵との戦いをカザトは思い出していた。相手はただのアーミー乗りではない。モルト軍グラスレーヴェンパイロット、そして戦場の鬼神だ。


 キルギバートのアーミーが回転鋸を振りかざす――いや、機体ごと回転した。そのまま機体全体で振り抜きながら体当たりを食らわせてくる。カザトはそれをくぐるようにして、紙一重で交わした。


「ファリアさんッ!!」


 交わした間隙、やや離れた場所に着いていたファリアのアーミーが長砲身を構えた。


『わかっているわ!!』


 ファリアは強奪されたアーミーの頸部――操縦席――を狙って、すかさず発砲した。だが、その照準の中で"敵"が頸を捻じ曲げた。


『うそ、っ……』

「狙いを外したのか、首を傾げただけで……!」


 キルギバートの乗る鋼鉄の怪物が回転鋸を構えた。カザトも呼応するようにして回転鋸を起動させた。


 陽が、沈みつつある。


 ほんの少し離れた戦野では、ジスト、リック、ゲラルツが残る二機……ブラッド機とクロス機を相手にしている。


「こいつら、アーミーを乗りこなしてやがる!」

「うるせぇ黙ってろ。気ぃ抜いたら殺られるぞ……!」


 いつになく興奮気味に叫ぶリックに対して、ゲラルツは呻くようにして敵を睨んだ。ジストは煙草を噛んだまま、二つの敵影を睨み据えた。地平線へ迫る夕焼けを背にした"敵機"は腕部機関砲「プロンプト」を乱射しながらジスト機を足止めし、リックたちに迫撃を喰らわせていた。


「くそったれが。いくらか前までは、あの隊長機の添え物程度だったのにな」


 ジストは吐き捨て、煙草を足下へ放した。


<聴こえてるぜェ。隊長さんよ>軽薄にして、快活なモルト語が聴こえた。

「おい、オヤジ……!」リックが呻いた。

「落ち着けリック。ウィレの通信機を積んでるんだ。これくらいの芸当はできる。相手の調子に飲まれるんじゃない」

<声を聴くのは初めてですね。でも、容赦はしませんよ>


 流麗なシュトラウス語が聴こえた。だが、その言葉の奥底、あるいは端々にモルト訛りが散りばめられていることに、ジストは気付いていた。いや、ジストだけではない。


「オヤジ、どけ! その声、耳障りなンだよ……!」


 ゲラルツが言いながら前面へと押し出した。機の右手に回転鋸、そして左腕を突き出して機関砲を乱射しながら割って入る。


<ん? お前、その言葉……!>

<モルト訛り、まさか――>

「テメェらと話すことはねぇ。ここで、オレが、ぶっ殺す」

<テメェ、モルト人か!!>


 快活なモルト語を喋る方が絶叫した。ゲラルツを"裏切り者"と捉えたのだ。


<すぐわかりましたよ。モルト系住民とは、明らかに違う発音の響きですからね>

「うるせぇ……」

<何故モルト人が、ウィレ軍にいるんですか。まさか亡命者……>

「うるせぇッ!!!」


 ゲラルツが咆哮した。機関砲を流麗なシュトラウス語をしゃべる敵の方へと向けて発砲し、右手の回転鋸でもう片方へと斬りかかった。それをかわし、


「なにが亡命だ! オレはテメェらに、故郷を追われたんだ!」

<……事情があるようですね>

<知ったことかよ!>

「知った事か、だと。言いやがったな……、テメェだけはぶっ殺す!!」

<上等だァ! テメェらに殺られたデューク隊長、戦友ダチたちの下に送ってやるよ。あの世で詫び入れさせてやる!!>


 怨嗟の叫びは交わり、かつては獄炎の中で敵味方として呼び合った彼らが激突する。夕陽は沈み、空は瞬く間に橙、緋、そして藍色へと染まってゆく。


 空を塗り潰す、血のように赤い夕焼けは間もなく夜の闇へと姿を変えるだろう。



 同日、17時30分。



 ヨハネス・クラウス・グレーデン率いるモルト軍はついにウィレ・ティルヴィア軍の防衛線を食い破ることに成功した。そのまま南下を続け、戦線をハの字型に押し下げて突出部をつくりあげると、瞬く間にモルトランツへと迫っていたウィレ・ティルヴィア軍機動部隊を撃退し、モルトランツから打って出てきた他のモルト軍を戦線へ引き入れることに成功する。


「見たか。楔を打ち込んでやったぞ」


 グレーデンは乗機の指を敵陣へ指し示した。反攻発動の時にはわずかに十数機しかいなかった一団は、今や五十機以上の大軍となって進んでいる。


『閣下』

「どうした、ケッヘル」

『報告が二つ。まず、参謀本部より打電あり』

「シュレーダーからか。帰れと言うなら、今度ばかりは――」

『"そのまま前進せよ。ウィレ軍を駆逐すべし"。……との事です』

「……ふん、手の平を返したか」

『ここで易々とモルト軍に攻め込まれては、参謀総長も立場が悪しくなりましょう』


 グレーデンは眉間と鼻元に皺を寄せた。あくまでもシュレーダーにとって、この戦いは戦争ではなく、政争にしか捉えられないのだろう。そのような"小人"がモルト軍の頭脳を担っているということが、グレーデンには耐えられない。


『閣下、いかがなさいますか?』

「……乗ってやるべきだろう。参謀本部には増援を要請してくれ。丁重に、な」

『承知致しました。二つ目の報告です』

「聴こう」

『敵の無線を傍受したところ、反攻開始の直前に我が軍の兵士がラインアット・アーミーを強奪したようです。強奪されたアーミーは現在、敵陣後方で交戦中の模様』

「何だと? 位置はわかるか」

『ホーホゼ南郊。これより十カンメルほど先です』

「……間違いない。彼らだ。こんな芸当ができる連中は、彼らしかいない」

『いかが致します?』

「後方のグラスレーヴェンを前面へ出せ。打って出る」


 頭を下げたケッヘルが通信画面から消えると、グレーデンは"機上の将軍"として咆哮した。


「将兵諸君、聴け!」


 行軍中の歩兵、偵察飛行ユニットのプフェナに乗り込む者、あるいはグラスレーヴェンが一斉にグレーデン機へと注意を向けた。


「我が軍の戦友たちが戦線後方で蜂起し、敵の主力兵器であるラインアット・アーミーを奪い取ったとの報があった。彼らは今、我らから見て、ほんの数里先で、敵軍の只中で戦い続けている」


 グレーデンは空を指差した。


「今まさに陽は落ちようとしている。だが諸君に問いたい。このまま敵中に戦友を残したまま、矛を収め、安穏と眠りにつくことを望むか!」


 "否"の声が轟いた。その声は鬨の声よりも激しく、冬の寒風を圧した。 


「ならば戦おう。戦友諸君、夜戦の時だ!」


 正真正銘の鬨の声があがった。


「再びホーホゼで、勝利を掴む!!」


 モルト軍はさらに進撃を続行し、ついにホーホゼ目前へと至ろうとしていた。



 だが、彼らは気付いていない。その宵闇に紛れるようにして、黒い影が近づきつつあることを――。



 西大陸攻防戦、そしてモルトランツ攻防戦の最終局面である"第二次ホーホゼ夜戦"まで、あと一時間。

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