第18話 再会、怪物と戦鬼
ベルツ・オルソン大将の司令装甲車から見て南方、2カンメルの戦野をラインアット隊は進んでいる。陣形は菱形のもので、先鋒はゲラルツ、中央にジストが就き、カザトは右翼、リックが左翼。そしてファリアが後方を固めていた。
『やっぱりこの
「そうだな」
リックの声に対してカザトも頷いた。五人、いや、エリイも入れれば六人そろってのラインアット隊だ。西大陸に来るまで様々な事があったが、まずは全員で戦場に立てたことが、カザトにとっては何よりも嬉しかった。
突然、リックが咳払いした。
『皆様ぁ、あちらに見えますのがベルツ・オルソン大将の司令装甲車でございます。現在時速は80カンメル。ぶっちぎりで全速後退中でございます』
『リック、真面目にやれ』
ジストの低い声と、ファリアがくすくすと吹き出す声が聴こえた。
『ファリア、大丈夫か』
『もう大丈夫です。私はラインアット隊の一員ですから。それより隊長』
『なんだ?』
『隊の副長を、改めて決める必要があります』
『……そうだな。もう考えてある。カザト、お前やれ』
「はい……、って、え?」
目を剥くカザトに対してジストはいつも通りに煙草を加えながら首を傾げた。
『お前は少尉だろ。准尉のファリア、リック、ゲラルツより階級が上なんだ。やるならお前しかいない』
「いや、でも……」
『デモもクソもない。命令だ』
参ったと言わんばかりに頭を抱えるカザトに、ゲラルツが舌打ちする。
『オヤジ、言ってやればいいだろうが』
『なんて?』
『お前が一番適任だ、ってな』
「……ゲラルツ?」
『何だかんだ、オヤジはテメェのことを買ってんだよ。でなければ副長なんざそもそも決める必要がねえだろ。そもそも五人しかいない隊なんだからな』
「あ……」
『ゲラルツ君の言う通りよ。私もカザト君なら隊の重心になれると思っているわ』
ファリアの言葉に、カザトは少し逡巡するように顔を伏せた。「本当に自分でいいのか」と言いたい気持ちに駆られたが、なんとかそれを呑み込んだ。そんな"弱音"など、ここで吐くべきではない。
「わかりました。お受けします」
ジストが煙を吐き出した。煙草を除いた口元は少しだけ吊り上がっている。
『よし。それならいい。何かあった時の隊割りは俺とリック、ゲラルツ。カザトはファリアを率いろ』
「了解です」
『頑張れよ
「ば……、やめろリック!?」
『お姫様の方が強いかもな』
リックに冷やかしに、珍しくゲラルツが乗った。「ししし」と煙草をくわえたままジストが笑い、カザトは真っ赤になって打ち消しにかかる。
『あまりカザト君をからかわないでくださいね、隊長?』
『お前もまんざらでもなさそうだがな』
ファリアの方も困ったような微苦笑を浮かべていたが、そのうち自分の頬に軽く手を当てると熱を帯びていることに気が付いたらしい。
『え……、いや、あの……』
『なんだこの空気』
「隊長がそうしたんじゃないですか!!」
言いつつ、ラインアット隊は戦線の境界へと接近する。風に乗った船のように、滑るように。
『――! 隊長、索敵に感あり』
ファリアがレーダーに映った機影を捉えたのは、彼らが和やかなやり取りを繰り広げたほんの数分後のことだった。
『ファリア、どこだ?』
『我々のすぐ後方。いや、これは……味方?』
ファリア機の眼が捉えた望遠映像がそれぞれの隊員機に送られる。映像には灰色に塗装されたラインアット・アーミーが三機映っていた。隊列を組み、ジストらの後方から猛烈な速度で北上している。
『なんだありゃ? 俺たちと同じような作戦か?』リックが首を傾げた。
『ファリア、信号は?』
『信号そのものが発信されていません。あ、丘陵の稜線に入ります。……見えなくなりました』
『反応は追ってるか?』
『はい。丘を挟んでいるので、いくらか弱くなっていますが』
カザトも異変を感じた。それならば至近距離に近付くまで索敵反応がないこともわかる。だが、隠密作戦を展開する部隊がラインアット隊の他にいるとは、隊の誰も作戦前に聞いていない。
『機体は北方州軍のものだな。このままだとあと二分で接触するぞ』
ゲラルツの言葉にジストは煙草を噛んだ。
『こちらから出向く。どうあれ邪魔だ。追い払うぞ』
ラインアット隊は速度を上げた。正体不明の部隊とはなだらかな丘陵を挟んで僅かに三カンメルほどしかない。高速で移動するアーミーなら数十秒ほどで追いつくこともできる。
丘に入り、稜線を、越えた。
「見つけた」
灰色のアーミーたちは進路を変えずに北へと突き進んでいる。
『停まれ! どこの部隊だ』
ジストの鋭い誰何の声が飛んだ。ゲラルツが部隊の後方へ、リックが前方へと回りこむように機動する。カザトも側面、灰色のアーミーを拘束できる位置に着いた。
『くそ。作戦行動中だし、開放通信で呼びかけるのはまずい。カザト、リック、ゲラルツ、前を塞ぐぞ』
「了解です!」
カザトが回りこむべく、一度位置を離れようとした、その時だった。
『カザト君、危ない!!』
ファリアの声が飛んだ。カザトは反射的にペダルを踏んで急減速する。
「な……」
灰色の不明機が腕部をこちらに向けたまま、睨んでいることに気付いた。
『敵か!?』
ジストが叫ぶように言い、ラインアット隊が四方へと散るように散開した。
『どういうこった、なんでアーミーが撃って来るんだ!?』
『知るかよ馬鹿!』
リックとゲラルツも距離を取り、カザトは不明機を拘束しようと腕部から鋼索を射出した。
「停まれ!!」
先頭を進む不明機の腕に巻きつき、灰色の巨体が不機嫌そうな唸り声をあげた。速度が上がり、カザト機が引っ張られるように体勢を崩し掛けた。
「う、わっ!?」
「カザト、鋼索を切れ!!」
「え……!?」
灰色の機体が急旋回する。向き直り、その腕には回転鋸が握られていた。
『敵だ!!』
ジストの声と、カザトが回転鋸を抜いたのは同時だった。大重量の鋼鉄同士が回転し、削り合う凄まじい音が響いた。
『隊長、作戦本部より入電!』
『つなげ、ファリア!』
<<緊急通達。南部にて西大陸方面軍第二十七機甲師団所属のラインアット・アーミーが三機、モルト軍兵士に奪われた。当該地域の作戦部隊は警戒せよ>>
『馬鹿野郎、遅ぇんだよ!! 今そいつらと戦ってる!!』
ジストとゲラルツが似たような叫び声を上げた。カザトは押し負けないように機体の速度を上げ、推力で対抗するように鍔迫り合いへと持ち込んだ。回転鋸の回転がついに止まり、互いに睨みあったまま北部へと疾走する。
カザトは首にかけていたマイクのスイッチを入れた。
「不明機のパイロットへ! 聴こえるか! 短距離通信で呼びかけている! お前たちはモルト兵なのか!?」
不明機の回転鋸が回った。それが返答だった。
静寂の後に、カザト機のコクピットに入電を示す電子音が鳴った。
『赤いアーミー。お前か、カザト・カートバージ!』
「その声、まさか……!?」
『やはり来ると思っていた。待っていたぞ……!』
「キルギバート、か!?」
灰色の機体が咆哮をあげた。
『閣下のもとに辿り着く前に、ここでお前との因縁を断ち切る!』
「……わかった! 勝負だ!!」
機体が急停止する。カザトとキルギバート、奇妙な因縁の下に再会したふたりは凶刃を手に向かい合った。
「行くぞ……!」
『参るッ!!』
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