第17話 ベルツ・オルソンの思惑

 モルト軍の総反撃を受け、ウィレ・ティルヴィア軍はにわかな混乱に陥った。もはやモルト軍に反撃能力がないと、ウィレ軍将兵の大部分がを括っていたためだ。


 しかし、ウィレ軍を更なるパニックに陥れる事件が起きた。前線でラインアット・アーミーの強奪事件が起きたというものだ。ベルツ・オルソン大将が身を置く総司令部はこの日、西に300カンメルも移動する羽目になった。北へ進むわけにもいかず、南へ下がれば姿の見えない暗殺者たちに狙われる以上、どうすることもできない。


「敵によって強奪されたアーミーの行方はわからんのか」

「信号を消しており、また最初に強奪された地点の友軍は全滅しているため……」

「無能な兵士どもめ。みすみすアーミーを奪われるとは――」


 豪奢な内装を持つ装甲司令車の中でベルツは苛立たし気に吐き捨てた。だが、いつものように顔を赤黒く染めて怒鳴るわけでもなく、この時の彼はいつになく冷静であった。余裕と言ってもよい。


「問うが、強奪されたアーミーはアレではないのだな?」

「はい。アレはまだ後方で待機中です」

「全て前線へと押し出させろ」

「まだ調整中で――」

「構わん。戦いながら調整させろ」


 北方州軍に身を置く者であれば、誰もがベルツの命令に逆らう事は出来ない。参謀将校たちはすぐにベルツの意を実行に移すために四方へと散り、残されたベルツは椅子にかけたまま腰の上で指を組んだ。


「ふん、モルトの害虫どもめ……」

「閣下」


 頃合いを見計らったかのように、眼鏡をかけた小柄な参謀が進み出た。先日、モルト軍総参謀長シュレーダーとの交渉対応を計りに来た、ベルツの腹心だった。


「どうした」

「これは好機かと。シュレーダーの裏切りを暴露すれば、攻勢に出たモルトは一挙に内部から崩壊するはずです。そこを北方州軍で突けば――」

「いや、まだだ」


 数瞬も経たずに否定したベルツに、参謀将校は眉を傾げた。

 その将校を横目に、どかりと背を落ち着けた司令官はヤスリを取り出し、爪を磨き始めた。


「ここで仕掛けたところで、シュレーダーは総反撃を成功させて得意の絶頂にあるはずだ。暴露をウィレ軍の策略とすり替えられる可能性もある。そうなれば、せっかく握っているエサも効果が薄い」

「なるほど」

「それよりは、アレを出して前線をひっくり返してからだ。切羽詰まったモルト軍の対応を見てからでも遅くあるまい。今あるエサをぶら下げて、シュレーダーが食いつけばよし。狂乱した彼奴がモルトランツを道連れにしてくれれば、それはそれで手間が省ける」

「モルトランツの処理は――」


 伺いを立てる参謀に、ベルツは笑いながら口を開いた。


「一遍も残さず灰になってくれればありがたい。あれは西大陸の州都などではない。二世紀前の遺物なのだからな。忌々しいモルト系住民など、ウィレの青き大地に必要ない。もし彼らが残るようであれば、その時は――」


 ベルツは白い歯をのぞかせた。邪悪そのものと言ってよい笑みを浮かべて、頷く。


「モルト軍になびいた裏切り者たちだ。戦争が終わったら宇宙へ追放してやる」


 どちらの軍が勝とうとも、モルトランツに住む住民の命運はこの時窮まっていた。だが、そのような戦後のことよりもベルツらには優先して考えなければならないことがあった。


 我が身の安全である。そこに、ちょうどよく戦報がもたらされた。


「アーレルスマイヤー将軍の第一軍より、遊撃機甲小隊"ラインアット"が出撃。我が戦線後方より敵に突入するとのことです」

「ラインアットか……。我らの背中に取り付いたモルトの害虫を駆除してもらえれば都合もよい。よかろう、好きにさせてやれ」


 言って、ベルツは参謀の方を見た。腹心の方も主を眼鏡の端に捉えている。


「そろそろ、あの女も用済みだな」

「人質としていた家族が病死した以上、彼女が今後従うかどうか。いかがしますか」

「今はまだ泳がせておけ。守る者を失って無気力になっていれば改めて御せばよい。むしろ、そちらの方が好都合だ。他の没落名家と同じく、再興をエサに飼い殺しにしてやるまで」


 だが、とベルツは言ってヤスリを手元に置いた。


「シェラーシカらになびけば、その時はわかっているな」


 参謀将校は頷いた。そしてベルツは司令車のモニターを見た。整った陣形を組む、五つの光点がベルツの司令車輌とすれ違ってゆく。


「ラインアットか。数時間後には、貴様らはお払い箱だ。せいぜい戦線に穴を開けられるよう、頑張ることだ」


 言って、ベルツは前を向いた。二度と振り向かない。


 光点――ラインアット隊――はまだ、この後に待ち受ける運命を知らないでいる。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る