第16話 戦鬼再び
同日12時30分。モルトランツより南方300カンメル。農耕地帯ホーホゼ。
グレーデンが過日、夜戦によってウィレ軍を破って伝説となったホーホゼも今やウィレ・ティルヴィア北方州軍によって奪還され、支配下にある。
ひしめくアーミー部隊は出撃の時を待ち、搭乗員たちは機体に乗り込む前の最後の安息の時を過ごしていた。
「敵の反撃だと?」
ウィレ・ティルヴィア軍西大陸方面軍(北方州軍)の野営地には、北方州軍所属を示す灰色のアーミーたちがずらりと並んでいる。その機の足元でグレーデン軍団の総反撃の一報を受けた搭乗員と北方州兵は皆、苦虫を噛み潰したような顔で歯ぎしりした。
「モルトの害虫どもめ、性懲りもなくわらわらと出てきやがったか」
「一匹残らず皆殺しにしてやる。生きて宇宙へ帰してたまるか」
北方州軍は元来、反モルト感情が強い。敵の反攻に対して悪態をつく兵士たちの目は憎悪で煮え滾っている。とはいえ思想信条だけで片付けられるわけでもなく、彼らはつい先日まで本拠地をモルトに奪われている。戦地での辛苦を考えれば無理もない。
自分の愛機に乗り込もうと、彼らは搭乗員服を着て、手袋をはめてヘルメットを脇に抱えて駆け出した。機は三機。分隊規模なのだろう。そのうち分隊長を務める一人が、機体の足元に辿り着き、コクピットハッチへ昇るワイヤリフトに手をかけた。
その時だった。
「――?」
脚部の背後から何かが飛び出した。兵士はすでに中空にあり、コクピットによじ登ろうとしている。その彼目がけて、影が跳躍した。飛びかかる影は獰猛な肉食獣にも似て、兵士が腰の拳銃に手を伸ばした刹那――。
その横の機体に乗ろうとしていた兵士が大きな声を出した。
「――おい!!」
ワイヤリフトを登りかけていた分隊長が地面に落下したためだ。
「分隊長!?」
ごろごろと転がり、うつ伏せに倒れた分隊長はそのまま体の下に赤い染みを広げた。
「な、に――」
兵士が絶句して、分隊長機とは反対側へと振り向いた。異変を僚友に告げようとしたためだ。
「う……」
その反対側の僚友も機から落下して地面に転がっている。仰向けにひっくり返った眉間には銃弾を受けたような傷があった。
「て、敵襲――」
叫ぼうとした兵士はコクピットに駆け込もうとした。
だが、そこには既に先客がいた。そして、ぼろぼろのモルト軍制服を着ていた。
「悪いな、ここはもう満員だぜ」
燃えるような、あるいは血のように赤い瞳とくすんだ金色の髪をした青年の言葉が、兵士の聴いた最後の音になった。ブラスターの連射により瞬時にあの世へと送られた兵士が地面に落ちるのとほぼ同時、三機のアーミーのコクピットハッチが閉じられた。
「制圧完了だ」
少し錆のある青年の声がした。
『動かせるか、ブラッド』
その声に金髪紅眼の青年。ブラッド・ヘッシュは答えながら機体の電源を探している。やがて口元を捻じ曲げた。どうやら見つけられずにいるらしい。
「それはお互い様だろ」
眼下では乱戦が始まった。それまで近辺に伏せていたモルト兵らが一斉に奇襲をかけたのだ。いまだ機体に乗り込んでいないウィレ軍兵士たちは次々に捕捉され、反撃の暇もなく殲滅されていく。
「おいおい。呆気ないな」
『こちらクロス。こちらも制圧完了。機体の起動に成功しました』
「やっぱりお前が一番乗りかよ。ウィレオタク」
『シュトラウス語をちゃんと勉強しておくべきだと、あれほど言ったでしょう』
ブラッドは天井に近い位置にあった機体の電源スイッチを探し当てて起動させると、すぐに緑や青色に光る電子表示の文字列と格闘を始めた。
「やっべぇ、わからねぇ」
苦戦するブラッドに再び青年の声が告げる。
『ブラッド。今から俺の言うとおりにしろ。まずは左だ。でかいネジみたいなつまみがある。それを右に回して押し込め』
機体の座席は革張りで、両側には大きめの肘掛に似たコンソールがある。ブラッドは言われたとおりにつまみを見つけると、それを回して押し込んだ。機体に鈍い振動が走り、ついで機が唸り声を上げた。
『できたか、ブラッド』
「あいよ。次は?」
『右前側にレバーみたいなものがある。それを上へと引き揚げてから手前へ引っ張れ。そいつが火器の引鉄だ』
「へ、思ったより簡単じゃねえか」
三機の鋼鉄の巨体が一斉に前へと歩み出した。ウィレ兵士たちが気付いた時には、機はあらゆる施設を踏みつぶしながら、数分前まで憩いの場であった野営地を蹂躙し始めた。
ウィレ兵士が叫んだ。
「モルト野郎だ!! モルト野郎にアーミーを盗まれたぞ!!」
その声もやがて銃撃戦の中へと消えてゆく。何機かのアーミーが起動しようとするが、それらも駐機中では為す術もなく強奪された三機の回転鋸によって屠られていく。
「うわああ、嘘だ、嫌だ、まさかこんな――」
コクピットの中で半狂乱になるウィレ兵のモニターに、回転鋸を振り上げた"元分隊長機"が大写しになった。断末魔の叫びをあげるよりも前に、機体の首筋から胴に掛けて切り下げられ、動けぬままに怪物は沈黙し、やがて炎上し、大爆発を起こした。
その爆炎を背にした分隊長機が鋸を血振るいする。
「鋼鉄の怪物、確かに奪い取った」
コクピットに身を置いた青年――ウルウェ・ウォルト・キルギバート―――は眼下の戦場を睨み据えた。
『隊長!!』
そこへまだ少年の声色を残した声がコクピットに響いた。
「カウス。首尾はどうだ」
『制圧完了です。敵の装甲車と装備一式、医薬品を
「よくやった。他の兵士たちと一緒に装甲車に分乗し、ついて来い」
『了解です』
キルギバートは頷いた。そして地面では屈強なモルト兵たちが我がものとなったアーミーを見上げて雄たけびを挙げている。
「作戦を伝える」
キルギバートはアーミーの腕をまっすぐ北へと示した。
「目指すは北だ! 何としても、グレーデン閣下と合流する。生きて帰るぞ!」
モルト軍総反撃が始まると同時刻のことであった。この瞬間、幽霊のように現れた戦鬼たちが再び息を吹き返した。
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