第15話 グレーデンの賭け

 大陸歴2718年12月28日。

 モルトランツより南に700カンメル地点。グレーデン軍団司令部。


 ウィレ軍総反攻の前にモルト軍はじりじりと戦線を下げながらも応戦している。事実上の防衛司令官であるヨハネス・クラウス・グレーデン大将は、この時自らもグラスレーヴェンに乗り込み、鋼鉄の機体を移動指揮所として采配を振るっていた。


「報告!」


 参謀からの報告を通信で受けるグレーデンは、灰色染めの搭乗員服に身を包み、革の手袋の手首を鋲で留め直しながら頷いた。この服が、彼の死に装束になるかもしれない。


「聴こう」

「敵第一軍の先発機甲部隊をシレン・ラシン大佐率いる機甲連隊が迎撃。これを殲滅しつつあり!」

「祝着だ。ラシン大佐に伝えよ。気を抜かず、次の作戦目標を完遂するようにと」


 至近距離からアーミーが迫った。グレーデンは敵機が振るう回転鋸を半身をずらしてさばくと、すれ違いざまにアーミーの頸部に腕をひっかけて引き倒した。顎を持ち上げられて伸びきった首筋に、白刃をあてがい、機体ごと体重をかけてへし斬るように差し貫くと、アーミーは奇怪な叫び声をあげてオイルの血を噴き上げながら沈黙した。


「なるほど、この手に限る。ラシン大佐の言ったとおりだな」

『……閣下。おやめなさいませ』


 足元の指揮車から参謀のケッヘルが声をかけた。頭痛がすると言いたげに眉間にしわを寄せる痩せ男は、いつもの無表情を幾分か険しくして続けた。


『一軍の司令官が兵卒の真似など邪道の極みです』

「わかっているとも、ケッヘル。だが、最早そのようなことも言っていられまい」


 もう一機のアーミーが戦塵を巻き上げながら迫ってくる。グレーデンは跳躍してその機をやり過ごすと、背後から脚部に向けてディーゼを発砲した。脚部の関節を打ち抜かれたアーミーがもんどり打って転がった。倒れてもがくアーミーに、グレーデンの危地を察してかけつけたグラスレーヴェンが殺到する。


「討ち取れい」


 鋼鉄の悲鳴を背後に、グレーデン機は白刃を右手に、猛獣と呼ばれる火砲を左手に掲げた。


「ここが死地となるか、それとも――」

『閣下――』

「ケッヘル。敵軍をどう見る」

『疲れは明白。しかし、新たに上陸した第一軍の本隊が合流するとなれば、我らは後方から繰り出されてくる元気な敵を相手にせざるを得なくなりましょう』

「だろうな。残された時間は――」


 その刹那だった。上空から飛行型グラスレーヴェン――ジャンツェン――の一団が飛来した。その機体は純白に輝いていた。


「シレン・ラシン大佐ではないか! いかがした?」


 右手に持った刃を逆手に持ちなおし、白い機体が地に足をつけた。


『持ち場を離れるご無礼、お許しを。切羽評定したい事があり参上しました』

「火急のことと見た。聴こう」

『ここより南部200カンメルの敵陣に、未だ取り残されている友軍部隊がいるとわかりました』

「なに?」


 驚くグレーデンに対して、両者の間に割って入った者がいる。ケッヘルだ。


『ラシン大佐。ウィレ軍がこの大陸に上陸して、もはやひと月が経ちます。その間、救援も補給になしに戦い続けられる友軍がいるとは思えません』

『そうだ。並みの兵では継戦は適うまい』

「まさか……」


 シレン・ラシンが頷く。グレーデン機のコクピットに過去の通信記録が送信される。そこには三度に渡る敵中からの電文データが添付されていた。当初は暗号化されていたものの、"攻撃を掛ける"という旨が読み取れた。


『一度目の電文は八時間ほど前の事です。そして二度目も同様ではあるものの、そこに援護を乞う旨が追加されています』


 そして三度目の打電は平文(暗号化されていない素の状態)で送られている。


"発 幽霊部隊 宛師団司令部


我 敵軍後方より行動を開始す 予定一三○○ 支援を請う"


 乱れがちながら簡素に過ぎる平文は、よほど戦局が緊迫していたためだろうか。


『宛て名が師団司令部となっている……つまり』ケッヘルの言葉をシレン・ラシンが繋いだ。

『閣下の師団が軍団に昇格したことを知らない者が送って来たということになります。そして二週間ほど前から、南部では神出鬼没の友軍兵士が夜襲をかけてウィレ軍を攪乱しているという噂もあります。これを事実と見る証左にはなりましょう』

『罠の可能性もありましょう』

『ケッヘル少佐。私もその可能性については考えている。だが、罠であるならばウィレ軍は迎撃のために時間を設けたいはずだ。数時間後と猶予の無い時間を指定して、我らを釣り出すとはとても思えぬ』

「ラシン大佐。今の時刻は?」

『――一一三○です。猶予はありますまい』


「ケッヘル。賭けに出るぞ」

『……まさか閣下』

「その通りだ。止めてくれるなよ」

『命令違反です』

「知った事か」

『しかし――』

「言ったはずだ。我らは味方を見捨てはしない」


 グレーデン機が白刃を天に掲げた。それを見たモルト軍将兵が一斉に灰色の狼、あるいは鋼鉄の狼と呼ばれる男の号令を待った。

 そして刃が振り下ろされた瞬間、グレーデンは機体から大音声を響かせた。


「総反撃せよ!! 総反撃だ!!」

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