第14話 ラインアット隊、抜錨-3-

 

 大陸歴2718年12月29日。

 ウィレ・ティルヴィア陸軍第一軍は、ついに南大陸へと上陸を開始した。


『お前らよく聴け』


 ファリア・フィアティス准尉は愛機ラインアット・アーミーのコクピットで、数日ぶりに上司であるジストの声を聴いた。彼はいつも通り、太く低い気だるげな声で戦況の説明を始めた。


『第一軍の先頭はすでにモルトランツから500カンメルのところまで進んでる。今回の俺たちは後詰めだ』

『じゃ、オレっちの出番はなさそうだな』リックの随分と能天気な声が聴こえた。

『そうでもない。モルトランツ南部を守っているのはグレーデン軍団で、北方州軍が手酷く殴られてる。西はシレン・ラシンの機甲連隊が第一軍を足止めしている』

『最後はグラスレーヴェンとアーミーの殴り合いか』ゲラルツが呟くように言った。

『そうだ。俺たちは上陸したらまっすぐにモルトランツ南部を目指す。北方州軍に加勢して、そのまま南の戦線をぶち抜き、そのまま西で睨みあう第一軍と合流して――』

『――戦線を穿つ』


 カザトの言葉にジストは『そうだ』と返した。コクピットの画面に地図が表示され、そこにはモルトランツ南部戦線を北上し、さらに西へと大回りする赤い矢印が引かれていた。


『敵陣突破に成功し、味方部隊をぶち抜いた戦線の穴に引き入れたらすぐに移動する。簡単だろ』

『わけもなく言いやがる』ゲラルツが鼻で笑った。

『そうだな。東大陸の時と同じだ。だが、今回の相手はグレーデンだ。そして、すぐにシレン・ラシンを相手にすることになるだろう。怪物だらけだ。気を抜くなよ』

『オレたちの相手が化け物じゃないことなんてあったか?』


 リックが通信の向こうで首を傾げ、隊員たちは思わず笑みをこぼした。ラインアット隊とはそういう部隊で、そうやって今まで生き残ってきた。何も変わることはない。その中でファリアは拳を強く握り込んだ。


――本当に、自分はこの部隊にいてもいいのだろうか。


 ファリアが思考に沈むよりも先に、司令部から通信が入った。


『野郎ども聴きな! 上陸のお時間だ!』

『ポーピンズ中佐、あんたらはどうすんだ?』ジストがくわえ煙草で問いかけた。

『揚陸が済んだら浮揚機動車ホバークラフトで追いかける。合流しようとしたら伏兵に挽肉にされた……なんてことのないように、露払いを抜かるんじゃないよ』

『誰に言ってると思ってる』

『は、違いない。それじゃ行って来な』


 簡素に過ぎる作戦開始の号令に、ファリアたちは敬礼を返した。通信による作戦会議は散会となり、ファリアは静かになったコクピットの中に残された。

 数瞬の後、すぐに通信が入った。ジストからだ。


『ファリア』

「はい、隊長」

『お前がどんな思いを持って、どんな過去があってこの隊に来たのか、俺は知らん。やった事は取り返せないし、それに対して罰を受けたのなら、俺はお前を責めない』

「……はい」

『だが、これだけは言っておく。ファリア。俺はお前を信じる。カザトたちがそうだったようにな』


 うなだれていたファリアは顔を上げた。そこにはくわえ煙草で紫煙をくゆらせる、いつもどおりのジストの姿がそこにあった。


『忘れちまえファリア。お前の家はここだ。よく戻って来た』


 思わず嗚咽をもらしたファリアは口元を抑えた。


「ありがとう、ございます……」

『泣いてる暇はねえ。行くぞ准尉』


 袖で何度も涙を拭い、ファリアは頷いた。


「はい!」


 ジストたちの乗り込んだ揚陸艦の前部ハッチが開き、海面へと勢いよく叩き付けた。暗い艦内から深紅の装甲を持つ鋼鉄の巨体が姿を現す。揚陸艇につめこまれた歩兵たちがそれを見て歓声を上げた。


 ジストが機体の右腕を掲げた。


「ようし。お前ら準備はいいな」


 隊員たちも持てる武器を掲げて応えた。


「ラインアット隊、出撃!」


 深紅の機体が大海原へと突撃する。ウィレ・ティルヴィア軍の夥しい物量上陸作戦の中、深紅の陣形は飛ぶようにして西大陸へと突き進んでいった。

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