第13話 ラインアット隊、抜錨-2-
取り調べはその後数時間に及んだ。ファリア・フィアティスは訥々とラインアット隊に赴く前の自らの過去から話を始め、その後どのようにして軍機漏えいに加担するようになったのかを全て告白した。
「つまり貴方は――」
取り調べを担当したシェラーシカはファリアの言葉を全て記録にまとめ終えると、椅子の背もたれに少しだけ体重を預けて頷いた。
「オルソン大将の指示で、ラインアット・アーミーのレゾブレ、内部機構、戦闘データを全て北方州軍に提供していたということですね」
「その通りです」
「その見返りが、先日亡くなられたご家族の庇護と治療。そして、かつてはシュトラウス議会の議員であったフィアティス家の再興にあったと」
ファリアは頷いた。守る者もなく、後ろ盾もない幼少時代を過ごしてきた彼女にとって弟の幸せは己の全てだった。病が癒え、幸福を取り戻した弟がフィアティス家の家長となり、やがては家族を持ち、再び議員とまでは望まなくとも、それよりも、人並みの幸せを得られるように――。
「――全て、それだけだったんです」
ファリアは拳を握りしめて涙を零した。
「その時に庇護を買って出てきたのがオルソン将軍だった。そうですね?」
「……その通りです。私を特級射手として推薦してくださった恩もありましたから。戦争が始まってすぐはただ、北方州軍のために働いていました」
「その後、私がラインアット隊の隊員を探していることを知り、そして、今貴方はここにいる。一体どうやってラインアット隊の存在を知ったのですか?」
「戦争が始まってすぐ、オルソン大将は独自に機動兵器の開発を試みていました」
シェラーシカの眉が僅かに動いた。
「ガウスト・アーミィといって、戦車の火砲と二足自律歩行の機動力を有した兵器で、これらが主力となるはずだったのです」
「ですが、そうはならなかった」
「まさか、シェラーシカ中佐は?」
「ええ。よく知っています。ガウスト・アーミィという兵器については。あれがなければ、今のラインアット・アーミーはなかったでしょうから」
ファリアは頷いた。ガウスト・アーミィの欠陥や問題が明らかになるにつれて開発は行き詰まり、ベルツ・オルソンは兵器開発に対する執念を燃やすようになっていった。理由は単純明快だった。ノストハウザンの決戦を前にモルト軍のグラスレーヴェンを倒すことのできる兵器を開発できれば、軍の内部で強大な権力を手にすることができるからだ。
「貴方がラインアット・アーミーの情報を流し始めたのは、ノストハウザンの戦いから二か月ほど前から。これは間違いありませんね」
「間違いありません」
「ベルツ・オルソン将軍からの指示だった。それが始まりだった」
「……その通りです」
「日付を覚えていますか?」
「大陸歴2718年5月7日。よく覚えています。ノストハウザンの戦いの直前でしたから」
忘れようもなかった。実験台として送り込まれたガウスト・アーミィ部隊がモルト軍の前に玉砕した日だ。
シェラーシカは静かに両手を組み、椅子にもたれて目を閉じた。しばらくの間そうしていたが、脇からロペス・ヒューズが進み出て口を開いた。
「シェラーシカ中佐。この件に関しての処置はポーピンズ中佐から司令部へ上げるようにと――」
シェラーシカはやがて元のように姿勢を正した。
「その必要はありません。アーレルスマイヤー将軍より、私の方で対処するよう仰せつかっています」
「しかし、彼女は軍機を隊の外に……」
「確かに問題行動です。ですが、彼女が軍機を漏えいした相手は同じウィレ軍内です。これがモルト軍、モルト政府に流したものであれば敵国を利する行為という事で厳罰にも処せられるでしょうが。そうではありません。そして同じ国の、同じ軍の中で機密を漏らした場合の処置について、軍法では定まっていないのですよ」
シェラーシカはそこで初めて口元を僅かに緩ませた。だが、そこに対して同調するほどロペスは柔和で融通の利く男ではなかった。
「しかし中佐。それでは隊の内部に示しが――」
「ヒューズ少佐。貴方が職務熱心なことは、私も参謀部に配属された頃からよく知っているつもりです。ですが、西大陸奪還の前に遊撃機甲小隊"ラインアット"を機能不全にするのが貴方の役目だとも私には思えません」
「言い方が悪いと前置きの上でお伺いします」
「どうぞ」
「中佐は本件を握りつぶされるおつもりですか?」
「ええ、そうです。いけませんか?」
シェラーシカの声音は静かでこそあったが、有無を言わせぬ強い響きがあった。ロペスはしばらくの間、シェラーシカとファリアを見据えて腕を組んでいたが、やがてそろりと息を吐いて頷いた。折れたのはロペスの方だった。
「承知しました。中佐にもお考えがあるのであれば、私は従います」
「感謝します。少佐。さて……フィアティス少尉」
「――はい」
「とはいえ、償いは必要です」
ファリアは背を正した。
「内勤者処罰規定に基き、貴方に処罰を下します。階級を准尉に降格。また、その俸給は第一軍総務局で預かりとし、八割を削減した金額を貴方に支給するものとします。残りの額については処罰に伴う観察機関が明けたのち、服務内容を評価した上で最大半分を還すものとします。また、その機会は"退官"の時とします」
「つまり」と、シェラーシカは続けた。
「軍にいる限り、貴方の昇進、及び叙勲は認められません。貴方は退官までずっと准尉のままです。これはウィレ・ティルヴィア陸軍法務局の裁定でもあります。謹んで受けてくださいますね」
ウィレ・ティルヴィア陸軍にいる限りファリアに栄達や出世の時は訪れない。そういうことになる。だがファリアはどこか憑き物が落ちたようにすっきりとした表情で頷いて見せた。
「どのような処罰でもお受けするつもりでした。ご配慮に、感謝します」
「それでは――」
「謹んでお受けします」
頭を下げるファリアに対し、シェラーシカはようやく眉を開き、表情を少しだけ和らがせた。
「罰してすぐにこんなことを言うのは不条理かもしれませんが、フィアティス少尉。あらためてお願いがあります」
「……何でしょうか?」
「私はラインアット隊を、"グラスレーヴェンを倒す者"でもなく、"戦線を穿つ"だけではない部隊にしたいのです。"守るべきものを守護する者たち"として、ラインアット隊がこの戦争を戦い抜けるように。だから、少なくとも戦争が終わるまでは、貴方の戦友たちを導いていただけますか」
ファリア・フィアティスは、しっかりと頷いた。
「わかりました。命を賭けて、お守りします」
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