第12話 ラインアット隊、抜錨-1-

 12月下旬。ラインアット隊はついに東大陸を出発した。折からの西大陸近海の悪天候により揚陸作業が遅滞したため、彼らは東大陸南岸で足止めを食う羽目になっていたからだ。


 ファリアの弟はカザトの計らいで"軍葬"を模して公都のはずれにある墓地に葬られた。ジストが指揮する昔馴染みの予備役の兵士たちが弔砲を鳴らした。少年の棺が土の中へと消えていくまで、カザト、リック、ゲラルツは敬礼で見送った。葛藤もあった。悼み方としては不適当かもしれないが、それでも幼い頃から顧みられることもなく、ただ静かに死んでいった少年にできる手向けであったと思いたかった。ファリアは家族を失った喪主としてではなく、陸軍士官として制服をまとい、ただ静かに弟の埋葬を済ませた。


 顛末としては以上にはなるが、これで終わりにはならなかった。遅参と、ファリアの抱える秘密に対しての罰が済んでいない。しかもその罰自体が、カザトらの予測を上回る形で厳しいものになりそうだったからだ。揚陸艦の上で迎えた"西大陸の戦い"は始まる前から波乱の予感を漂わせていた。


「名前と、官姓名を」

「ファリア・フィアティス。階級は中尉です」


 揚陸艦の一室では取り調べが行われていた。数人がやっと入れるだけの狭い場所に机が据えられ、青白い化学灯が室内を仄かに照らしている。そして机にはラインアット隊の総務を取り仕切るロペス・ヒューズ少佐が着き、ファリアと対面する形で着座している。


「貴官の遊撃機甲小隊での立場は――」

「部隊副長及び戦闘時は狙撃手です」


 ロペスはファリアの受け答えに対して淡々と書類を記述してゆく。


「カートバージ少尉の調書は既に取ってある」


 ロペスは眉間に寄った皺を直すべく、眼鏡をずらし、揉むようにして指を当てた。


「貴官が軍機(軍事機密)を他方へ流していたと」


 ファリアは項垂れる様子もなく、ただロペスをまっすぐ見据えていた。


「事実か?」

「事実です」


 ロペスは一つ、浅い溜息を吐いた。


「……戦時の軍機漏えいが何を意味するのか、君は知っているだろう」

「わかっています。大小に関わらず、銃殺ということを」

「残念だ、中尉。君の罪状を――」


 その時だった。取調室の扉から解錠の音がした。

 開け放たれた扉の向こうに、アン・ポーピンズが立っている。扉を開けたであろう彼女の背後からもう一人の将校が現れ、部屋へと足を踏み入れた。外から射し込む光は明るく、白く塗りつぶすような逆光の中、将校の亜麻色の髪が静かに揺れた。


「あたしゃ、ここで待ってる。話があるなら手前でつけな」

「感謝します。ポーピンズ中佐」

「けっ、見ない間にらしくなったじゃないかい」


 扉が閉まった。ロペス・ヒューズは立ち上がり、敬礼の姿勢を取った。


「ヒューズ少佐、そのままで」


 ファリアの目が大きく見開かれた。そこにいたのは白い制服に身を包んだウィレ・ティルヴィア陸軍の参謀将校だった。右肩から半身を覆う紺碧の外套マントを纏い、軍帽を一分の隙も無く被った姿は恐ろしく端正だ。だが、そのようなことばかりに驚いたのではない。ファリアは、そのを知っていた。


「久しぶりですね。フィアティス中尉」


 声は柔和にして、その表情は整えられ、笑みはなく、また心で何を思っているのかすら計り知ることはできない。しかしフィアティスはその女性をよく知っていた。彼女こそがラインアット隊に自分を導いたその人であるからだ。


 ファリアは愕然とした。終わったと思った。自分を導いてくれた人を、ずっと裏切り続けてきたことが白日の下に曝される。ラインアット隊の明日も定かではなくなる。今更ながら、自分のしでかしてきたことの重大さに気付き、ファリアは真っ青になって俯いた。


「少佐。ここからは、私が引き受けます」


 ファリアだけでなく、ロペス・ヒューズもまた目を丸く見開いた。


「作戦参謀次長。それはどういう――」

「アーレルスマイヤー将軍の御命令です。そして何よりも――」


 将校――ウィレ・ティルヴィア陸軍第一軍・作戦参謀部次長シェラーシカ・レーテ中佐――は軍帽を取り、一つにまとめた亜麻色の髪を肩口に流した。そして、変わらずに、表情を崩すことなく、冴え冴えとした声音を響かせた。


「ラインアット隊を守るために、彼女の協力が必要です」





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