第19話 両軍停戦
砲声は止み、ベルクトハーツを巡って戦闘を繰り広げていた両軍がその場に停止した。この戦争が始まって、初めての停戦命令に両軍の兵士は戸惑いながらも従い、それぞれが戦いが始まる前の位置へと戻っていく。
ウィレ・ティルヴィア陸軍第一軍司令部で腕を組み、戦線を報せる電子地図を睨んでいるアーレルスマイヤー大将は、自軍の参謀たちと事の成り行きを見守っている。
「モルト軍の動きはどうだ」
アーレルスマイヤーの問いに、背後で後ろ手を組んだ肥満体の将校が頷いた。
「問題なく後退中とのことです。口約束とはいえ、相手も素直に聞き容れるあたり、切羽詰まっていたのでしょうねぇ」
ヤコフ・ドンプソンは北方州軍司令部からいち早く退出し、すでに第一軍参謀長に復帰している。ベルツ・オルソンは公都シュトラウスへと"後退"したが、よほど恐慌したのか司令部だけを引き払った。そのため、ドンプソンやシェラーシカらには何の命令も残していない。自然、原状復帰ということになる。
「しかし押し切りましたねぇ。議会を無視して停戦命令とは。悪く転べば我々の首が飛びますよ」
「それでもやるしかなかった。これ以上、オルソンの作戦通りに強攻していては我が軍は不要の犠牲を増やすだけだっただろう」
アーレルスマイヤーは舌打ちした。
「しかし総大将が逃げたとは―」
「オルソン将軍は"公都最高司令部への転進"であると言っているようですが?」
「詭弁だ」
「わかってますとも」
ドンプソンは腕時計を見るために俯いた。襟に囲われていた首が肉に埋まって見えなくなった。
「ま、公都の方に着くまでたっぷり二、三時間は稼げるでしょ」
「それでいい。……ところで参謀長」
「わかっています。彼女には仕事を与えました」
ドンプソンは言って、全てが始まる前に戻りつつある戦場地図に目を移した。アーレルスマイヤーは地図を睨んだまま、低く唸るような息を吐いた。包囲を敷いていたウィレ・ティルヴィア軍の損害は甚大だ。そして敵であるモルト軍も、戦場地図の布陣図は穴だらけになっている。
「この機に降伏してもらえれば全て片付くのだがな」
そう呟いてアーレルスマイヤーは一度地図から目を離した。額を撫でると、汗がべっとりと手の平を濡らした。宇宙からの砲撃は止んでいるが、次弾がいつ来るかもわからない。
「何とも心地の悪い停戦だ」
ドンプソンは頷いてみせ、袋菓子を開けた。
そうして柄にもなく、中の砂糖菓子をバリバリとかみ砕いた。
「何故だ! 何故戦いを止める!!」
西大陸モルト・アースヴィッツ軍参謀本部ではシュレーダーが椅子のひじ掛けを拳で叩き付けながら激昂していた。彼の目の前でモルト軍は敵への突撃を止め、戦列を整え始めている。
「命令を、命令を出せ! オルク・ラシン大佐に指示を―!」
「神の剣の照準のために衛星を総動員しており、すぐに大陸間通信は使えません」
シュレーダーは歯噛みした。
神の剣は照準に時間がかかる。そのため急激に動く戦線に狙いを定めるには向いていない。
何という事だろう。この砲撃でウィレ軍に痛打を与え、さらに上手くすればウィレ・ティルヴィア軍司令部を精密射撃で壊滅させられると思っていたのに、全ての思惑が無駄になろうとしている。
「おのれ、オルク・ラシンめ、ラシン家の若僧どもめ」
「ベルクトハーツ守備隊で健在のグラスレーヴェン通信を
「なんだと……?」
シュレーダーは弾かれたように立ち上がった。
「独断で停戦だと、オルク・ラシンは何を考えている!」
シュレーダーの声は怒りに震えていた。だが、表情だけはぎりぎりと笑み崩れていく。好機が訪れたと言わんばかりの狂笑をたたえ、彼は椅子から身を起こした。
「越権、いや、これは国家と、国家元首に対する明白な反逆行為だぞ!」
「参謀総長閣下―」
シュレーダーは立ち上がった。
「神の剣に打電せよ」
シュレーダーは地図をまっすぐに指差して吼えた。
「照準をベルクトハーツ宇宙港へ」
「閣下、それは―」
「そうだ。でなければ証明できまい。ラシン家の者どもはやはり最初からウィレに通じていたのだ。この戦争においてモルト軍の栄光を汚す最大の要因は彼らなのだ」
「しかし、それでは友軍を―」
「黙れ。貴様らもゲオルク・ラシンのようになりたいか」
さすがに抗弁を試みた参謀たちは、シュレーダーの睨みに黙り込んだ。彼の意に反することがモルト・アースヴィッツという国家において、どのような意味を持つかを彼らは"当事者"としてよく知っている。
参謀部の将校たちは結局、シュレーダーの意を受け容れた。
照準にはしばらくの時間がかかる。しかし停戦で油断しきったベルクトハーツを今狙えば、外すことだけはないだろう。
「反逆者どもに死をくれてやる」
シュレーダーは笑みを浮かべ、静かに笑った。
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