第19話 静寂の邂逅
叩き込まれた刃はそのままグラスレーヴェンの胸部を横薙ぎに両断し、向かいの岸壁に喰いこんで止まった。金属を両断する甲高い音、そしてグラスレーヴェンの胴が地に落ちる凄まじい音が轟き、地の底で反響して消えていく。
胸から上、もはや首を失ったグラスレーヴェンはその場に片膝をつき、擱座するや沈黙した。
機体の主であるキルギバートは頭から血を流しつつ、"空"を見上げた。
刃は頭上数寸を掠め、今やコクピットを剥き出しにしている。
機は動かず、武装も残っていない。もはや抵抗する術はない。
固定できなくなったハッチが手前に倒れ、そのままただの金属板となって地面に落ちた。反響する音を聞きながら、キルギバートは無敵を誇ったグラスレーヴェンも元はただの金属の塊なのだと感じていた。
目の前の世界が開けた。その先に、紅の怪物の胴体が見えた。渾身の力で振り下ろした白刃の刃はその左胴の半ばで止まり、縦の亀裂を入れていた。ゴロゴロと肺を切り裂かれた人間のような駆動音を立てて、こちらを睨んでいる。
刃は届いていた。しかし、怪物はまだ生きている。
観念してシートにもたれたその時、赤い怪物の胴にある装甲板が開いて落ちた。
目を見張った。その中に、青い搭乗員服を着たウィレ・ティルヴィア兵が座っていた。兵士はシートから腰を浮かせて立ち上がり、操縦室と外を隔てる装甲のかまちに足をかけた。
キルギバートは迎え撃つべく、シートの横に差し込んでいる鉈剣に手を伸ばした。
その時だった。
『待ってくれ』
シュトラウス語の制止が響いた。
『聴こえるか』
ウィレ・ティルヴィア兵は操縦室の中で何かの機材を触っている。
『全軍に告げます』
途端、その操縦室内で響いていた通信がキルギバートにも明瞭に聴こえるようになった。
『発砲を停止しなさい。繰り返します。撃ち方止め』
若い女性の声だ。
『私は北方州軍及び第一軍作戦参謀シェラーシカ・レーテ中佐です。ウィレ・ティルヴィア軍最高司令官アーレルスマイヤー大将と、モルト・アースヴィッツ軍の司令官のオルク・ラシン大佐は本1430時、一時停戦に合意しました。総軍はただちにそれぞれ3カンメル後退し、指示を待ちなさい』
その直後、今度はモルト語で男性の声が響いた。
「忠勇なる兵士に告ぐ。私はウィレ・ティルヴィア軍との一時停戦に合意した。先の砲撃による戦況の一変及び同胞の撤退に対応するためである。戦闘を停止せよ」
オルク・ラシンの声が、再度力強く告げた。
「司令官の名において命ず。戦闘を停止せよ。これは降伏にあらず、戦時協定である」
呆気に取られて動きを止めるキルギバートの前で、ウィレ・ティルヴィア兵はヘルメットを脱いだ。
キルギバートは目を見開いた。かつて聴いた声よりも、宿敵と呼ぶべき敵兵の姿はあまりに若く、幼かった。黒い髪、茶色の瞳の"少年に近い顔立ちの青年"がこちらを見下ろしている。
『一時休戦だ』
「お前、は―」
俺の敵だ、と叫ぼうとした刹那。目の前のウィレ兵がほんの少しだけ、笑みを浮かべて頷いた。
『俺は、カザト・カートバージだ。お前の名前は?』
―お前、は。
そう呟いた自分の言葉を、相手は名を問われたのだと考えたのだろう。思いが至った途端、キルギバートの全身の力が抜けていく。それでも"敵"にだけは気取られぬようにと胸を張り、背筋を正した。
そして口を開いた。
「―モルト・アースヴィッツ軍大尉、ウルウェ・ウォルト・キルギバート」
その日、戦場で出会ったふたりは初めて互いの顔と名を知った。
この出会いこそ、"ウルウェ・ウォルト・キルギバート"、そして"カザト・カートバージ"の、長きに渡る宿命が真の意味で始まった瞬間であった。
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