第18話 静寂の帰結

 キルギバートが白刃の柄に手をかけた。

 赤い怪物も弾かれたように立ち上がる。


「……」


 キルギバートは無言のまま、注意深く目の前の敵を睨み据えた。たしか赤い機体は五機いたはずだ。目の前の一機の主がその中の誰なのか、記憶を頼りに分析する。後衛にいた赤い怪物は独特な”長砲身”を持っていた。目の前の機体は回転鋸を持っている。ということは、そいつではない。

 隊長機か? いや違う。そうであればわざわざ気配を悟らせて向き直ったりしない。あの指揮官は抜け目なくグラスレーヴェンを殺せる人間だ。

 となれば、左右を担っていた血気盛んな二機か、それとも――。


「……ッ!」


 白刃を構えて、一歩踏み込んだ。相手の回転鋸が唸りを上げるが、その音がおかしい。ガチャガチャと小刻みに回転して、途切れ途切れの金属音を響かせている。


――機関が故障しているな。


 キルギバートは機を一歩踏み込ませ、頭部を狙って突くように見せかけた。怪物がそれに釣られて鋸を掲げた瞬間に手を返し、その右腕ごと斬り下ろすべく刃を振り下ろした。


「―—!」


 刹那、怪物は右腕を離して刃をやり過ごした。

 そうして鋸が地面に落ちる寸前、それを左腕で受け止めて持ち直し、キルギバートの振るった刃を跳ね上げた。


「やはりお前か!!」


 キルギバートは叫んだ。一合、二合と切り結ぶ度に、確信は強固なものになっていく。戦い方を覚えている。しかも、敵機の自動支援機能の性能が格段に上がっている。どう打ち込んでも、寸分の狂いなく斬撃が受け止められる。反撃の応酬も鮮やかだ。技量と怪物そのものの性能が徐々に釣り合い始めている。


 どちらともなく、再び距離を取った。地の底に静けさが訪れる。


 刃の間合いは"一足一刀"。一歩の差で攻防に転ずることができる絶好の間合いだ。


 キルギバートは敵機を睨みながら刃を構えた。機の片腕がゆっくりと頭上に掲げられる。片手上段に構えたグラスレーヴェンに対して、アーミーは二足で立ち、その両腕で身の丈ほどもある巨大な回転鋸の柄を握りしめ、体の前で構えた。完璧な"正眼"だ。



 機械音が途絶え、完璧な静寂がやってくる。

 無音の中、じりじりと機体の足が地面を踏んだ。


 キルギバートは確信した。次の一撃で勝負が決まる。きっと敵もそう思っている。


 無音の中で、爆煙が晴れつつある地上から陽光が射す。


「――!!!」


 その刹那に踏み出し、刃を頭上から振り下ろした。

 狙うは頭部の真下。操縦室がある位置。そこを断つ。

 一撃が速ければ勝ち、遅ければ負ける。


 最短の弧は短く、そして早く敵の頭蓋に到達する――と見えた瞬間。

 アーミーの刃が甲高い金属音を立てて回転した。


「――ッ!!!」


 グラスレーヴェンの描く"縦の弧"と、アーミーの描く"横の弧"が交差した刹那。キルギバート機の刃は怪物の左肩に食い込み、アーミーの刃は鋼鉄の騎士の残る右腕を肘ごとえぐり取り、そのまま機体胸部へと吸い込まれるように叩き込まれた。


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