第17話 静寂の血斗
第一射が落ちた南東部の被害は凄まじいものだった。
荷電粒子と高出力レーザーの複合弾による一撃は地盤を100メル以上削り取り、広範囲にわたって地割れを発生させた。熱によって寒冷地特有の砂岩は溶け、真っ赤に熱された液体硝子となってマグマのように噴き出している。
キルギバートが目を覚ました時、周囲は真っ暗闇だった。額に手を当てるとぬるりとした感触があり、切れているとすぐにわかった。こうした負傷はもう何度目かさえわからないが、どうでもよかった。戦友たちの無事を確かめることが先だ。
「ブラッド、クロス、カウス。無事か」
返答がない。何度となく呼び掛け、それからようやく通信が切れているのだと理解した。
「くそっ、動力が落ちたのか!」
暗闇に目が慣れてくる。手探りで機を再起動させようと機器の電源を探した。ひとつ、ふたつとスイッチを跳ね上げていくが、機体の反応はない。あの砲撃による凄まじい衝撃によって機が自動的に動力を切断したのだろう。致し方ない。そうしなければ今頃、自分は機体もろとも爆発四散していたはずだ。
機外で様子を見ようと、ハッチの開閉釦を押す。やはり応答がない。機を動かすための原動力全てが切れている状態で、グラスレーヴェンは完全に沈黙している。
―閉じ込められたか。
嫌な汗が背を伝う。戦場のど真ん中で機体に閉じ込められることが、どれほどまずいかをキルギバートはよく知っていた。機は何も言わない。今から動力を起こしていては間に合わない。何とかして機体の状態を確認しなければならない。
他の仲間だけでも助かっていてほしいと、キルギバートは再度呼びかけた。
「クロス」
呼びかけるごとに、戦友の顔が脳裏に浮かんだ。
「カウス」
呼ぶごとに、戦友との今までの出来事が浮かぶ。走馬灯だろうか、縁起でもない。
「ブラッ―」
ブラッドの名を呼ぼうとした時、キルギバートはかつてモルトランツで少年たちと再会した時のことを思い出した。あの時、自分たちは機体を消耗させないために、いつもと違う起動方法で機体を動かした。考えてみれば、あれは誰の知恵だったか。
そうだ、あの方法がある。キルギバートは機体の座席横にある釦を押した。
「ブラッド、お前に助けられるとはな」
機体に蓄えた電気で、機体を強引にたたき起こす。コクピットに明かりが戻った。モニターが点灯し、周囲の様子が明らかになる。電磁障害のためか白黒となったモニターで外の様子を把握したキルギバートは顔をしかめた。周囲はまるで別世界で、ひどい有様だ。
「あれを使ったのか」
空に立ち上る残光を見て、キルギバートは歯噛みした。意識を失う前に見た光は、深紅だった。となれば、ノストハウザンで見たあの兵器で間違いないだろう。それよりも、今回の着弾はノストハウザンの比でないほど近かった。危うく命を落とし掛けるところだった。
「クロス、ブラッド、カウス、聴こえるか!?」
機を起動したにも関わらず応答はない。キルギバートはレーダーとセンサーを見た。反応は皆無で、機器の数値はどれも滅茶苦茶になっていた。爆発の影響で攪乱が起きている。これでは通信も使えない。
「機体は―」
ようやく把握ができた。機体は高温のためいくらかの装甲板が溶融し、はがれていた。人間で例えれば大やけどを負っているような状態だ。火器は全て弾薬が誘爆して使えなくなっている。機関砲は銃身が焼けついて使えない。だが片腕は残っている両足もある。これなら動ける。
機体の傍らの地面に白刃が突き立っていて、キルギバートはこんな焦熱地獄のような状況にも関わらず健在な得物に感心した。グラスレーヴェンの近接戦闘兵器は、下手をすると主である機体より頑丈かもしれない。
「ここは……」
機体は崩落した地面から、陥没地へ落ち込んだらしい。そのおかげで爆風の直撃も受けずに済んだわけだが、今度は這い上がって地上に出なければならない。
「これは手間―」
キルギバートは気配に振り向いた。陥没地の底、グラスレーヴェンの背後の闇の中で何かがうごめいている。機体の頭を振り向かせ、遅れて胴が従った。モニターの中央で、溶けて沸き立つ砂岩の中から何かが立ち上がった。
ラインアット・アーミーだ。電磁障害で乱れたモニターでもはっきりとわかる怪物の姿に、キルギバートは脇に突き立てた白刃へと手を伸ばした。がくん、と機体が鼓動を打つように揺れる。電気駆動で得たエネルギーを使い、機の原動機関が再起動をかけている。
世界に色が戻った。グラスレーヴェンが息を吹き返す。白っぽく流れ落ちていた液体が溶けた砂岩によるマグマだとわかり、その中から這い起きようともがくラインアット・アーミーの色が判別できる。
その瞬間、キルギバートは凍りついた。
「まさか―」
その怪物の装甲は、照り付ける破壊の深紅より真赤だった。
地の底の暗闇で目覚めた
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