第16話 暗室の謀略

「着弾を確認。繰り返す、着弾を確認」


 暗く狭い室内に、モルト語の報告と快哉が響き渡った。


「よぉし、いいぞ」


 西大陸モルトランツに存在するモルト・アースヴィッツ軍最高司令部で一段高い座についているのは、モルト国家元首親衛隊長官にして、モルト軍参謀総長シュレーダー大将だった。足を組んで座席に座った彼は、膝の上で手を組み、モニターを見て愉悦の笑みをこぼした。


「ウィレ・ティルヴィア軍も我がモルトの技術力を思い知ったであろう」


 「諸君」とシュレーダーは呼びかけた。恐るべきことに、参謀部の将校は全て国家元首親衛隊員で占められていた。


「我が元首から託された"神の剣"は今再び、抜き放たれた」


 シュレーダーの言葉に、漆黒の制服集団は踵を合わせた。


「この剣はウィレ・ティルヴィア軍に裁きをもたらし続けるであろう。元首閣下はノストハウザンでお望みであった。"必要であれば第二射、三射を撃ち込み"敵を完膚なきまでに撃滅すべきだと。その望みは誰により叶えられるべきか?」


 "我らが忠臣シュレーダー"の唱和が響いた。忠臣とはブロンヴィッツがシュレーダーを評する言葉であり、親衛隊員にとっては己の総領を讃える標語のようなものでもあった。


「元首閣下の敵は我らが討ち滅ぼす。軌道上に連絡、第三射の用意を―」

「長官、いえ、参謀総長閣下。申し上げます」

「なんだ」

「アルスト機関のアルスト総監より打電。これ以上の砲撃を中止されたし」


 シュレーダーは舌打ちした。興が増してきた酒席で、冷や水を浴びせられた酔客のように不快感を隠すこともなく首を曲げた。


「なぜだ」

「砲身の冷却に時間がかかると。また短時間に二射以上の砲撃は想定して設計されていない。照準にも障害が発生していると」

「あの雄山羊爺め……。もっともらしい理由をつけてきたものだ」


 シュレーダーが言う雄山羊……アルストとはモルト軍に技術革新をもたらした技術者の名だ。荷電粒子技術の発見者であり、荷電粒子砲生みの親でもある。ウィレ・ティルヴィアを超える軍事技術をもたらしたブロンヴィッツ政権の功臣ともいえる人物だが、その人物に対するシュレーダーの評価は惨たるものだった。


「開戦反対派の分際で。技術総監の地位さえなければとうに粛清しているものを―」

「長官、いかがなさいますか」

「構うな。総監に催促せよ、次射で国家元首に対する忠誠を示せとな」


 親衛隊員は頷いた。シュレーダーは再び席に座を落ち着けた。ほどなく、ベルクトハーツに次射が落ちる。三度にわたる赤い閃光は公都シュトラウスをも震え上がらせるだろう。


 それでいい。


 栄光あるモルト民族を宇宙に追いやった"下等生物"にくれてやる慈悲はない。


「しかし閣下、ベルクトハーツ防衛部隊が未だに―」

「うん?」


 幕僚に対してシュレーダーは首を捻じ曲げ、それから笑みを浮かべて見せた。


「構うことはない。彼らは元より、あのベルクトハーツで散ることになっている。幸いなことに、あの地にはラシン家の息子全てが揃っている。一つ所でみな死ねば、ラシン家の名望は潰えるだろう」

「ゲオルク・ラシン元帥が黙っておりますまい」

「後継者を失ったゲオルク・ラシンなど、もはや一介の老人に過ぎぬ」


 そこで、我々が立つ。


 シュレーダーは宣言した。


「モルトの新時代を担うのは、我々だ」


 幕僚達は肯定するように頭を下げた。シュレーダーは愉快そうに低い笑いを漏らし、呟いた。


「さあラシン家の息子たち。我が目の前で見事な最期を見せてくれよ」


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