第15話 空から降る刃

「なんだ、なんなのだ、あれは!」


 ベルツ・オルソンが喚いた直後、北方州軍総司令部の建物を揺るがすほどの轟音と衝撃波が襲い掛かった。


「各軍および各師団の被害状況を!」


 通信用マイクを握っていたシェラーシカ・レーテは、あの閃光が何かをよく知っていた。ノストハウザンの戦闘において遠隔の戦線を担当していた北方州軍の中で、唯一と言っていい。


「シェラーシカ中佐、あれはなんだ!!」

「ノストハウザンでモルト軍が使った衛星砲です」

「モルトの新兵器か」


 座席から腰を浮かせてモニターを凝視するベルツに対し、シェラーシカは踵を合わせた。


「閣下、具申します。各部隊を一度後退させ、戦線を立て直すべきです」

「なんだと?」

「戦線右翼を担当する第一軍に被害が出たことは間違いありません。包囲を維持するためにも戦線を立て直すべきではないでしょうか」

「何を言うか。たった一射ごとき、兵力はこちらが未だに勝っているのだ。むしろモルトも砲撃により混乱していよう。ここで総攻撃をかけるべきだ」

「それでは各隊の統率が崩れます!」

「構わん!! もとより第一軍などあてにしておらん」


 耳を疑うシェラーシカに対し、ベルツは傲然と胸を反らせた。


「ベルクトハーツは我が北方州軍が奪還するのだ」

「この期に及んで、まだ、そのような事を仰るのですか……!」

「好都合であろう。第一軍が消耗したとて、北方州軍は本作戦の主力として未だ無傷に近い。今後の戦局も我が北方州軍が引き受けようというものよ」

「……それが狙いですか」

「なんだと」

「そのために、アーレルスマイヤー将軍を引きずり下ろそうと議会に根回しをしたのですか」


 ベルツは答えなかった。ただ口元を歪めたのみだった。


「これが政治だ」


 握りしめて久しいシェラーシカの拳がぶるぶると震えた。


「あなたは、軍人でしょうに……!!」

「またも抗命するか、シェラーシカ中佐。貴官は―」


 ベルツは拳銃を抜いた。


「やはり邪魔だ」


 シェラーシカも身を捻った。腰に手を伸ばそうとした刹那。

 総司令部のモニターや電子機器の電源が全て落ち、暗闇となった。入れ替わるように、室内が深紅に染め上げられる。シェラーシカは頭上を見上げ、目を丸く見開いた。


「伏せて!!」


 反射的に叫び、頭を押さえて床に伏せた。戸惑うベルツの頭上にある天井が歪み、壁がへしゃげるように折れ曲がったかと思うと、強烈な衝撃が室内を襲った。シェラーシカの頭上に立ち、座る兵士たちが壁へと吹き飛ばされ、押さえつけられる。

 全ては一瞬の事だった。数秒後には、北方州軍総司令部は負傷者の呻き声が満ちる修羅場と化した。


「な、な、なん……!?」


 ベルツ・オルソンは司令官席ごと吹き飛ばされ、情報部を設けてある集団席あたりまで吹き飛ばされていた。起き上がったシェラーシカは頭上を見上げた。平屋造りの野戦司令部の天井が落ち、空が覗いている。

 未だ赤さを残す空の中心に、赤い星が輝いていた。


「敵の第二射……」

「ノストハウザンでは連続射撃できなかったはずではないか!!」

「今の照準地点は! どこだ!!」


 将校の問いに答える者は誰もいない。だが、屋外にいて事態に遭った兵士が、ほどなくして総司令部へと駆けこんできた。


「第一射はベルクトハーツ南東部、現在の射撃は本司令部から北5カンメルに着弾!」


 報告を聞いたベルツはぼさぼさになった髪を軍帽へと収めながら怒鳴った。


「目と鼻の先ではないか!!」

「北方州軍司令部を狙ったものと、思われます」

「な、に―」


 ベルツの顔から血の気が引いていく。宇宙から見られている。ブロンヴィッツは自分を殺す気だ。見ているのだ。自分の思案など及ばぬ遠い頭上から、自分を見ている。

 撃たれる。

 殺される。

 悟った刹那、ベルツは口を開いていた。


「こ、後退、後退だ!! 北方州軍は後退せよ!!」


 半狂乱になって喚くベルツを、シェラーシカは唖然とも呆然ともなく、ただ眺めていた。やがてベルツは従卒と幕僚を呼びつけた。


「軍用機を呼べ!」


 シェラーシカはゆっくりと立ち上がり、ベルツへと歩み寄った。


「閣下、どちらへ?」

「シュトラウスの総軍司令部で指揮を執る!」


 なるほど。シュトラウスにある最高司令部には堅牢な地下施設がある。数千発の戦略核攻撃にさえ耐えられる地下シェルターなら、確かに殺される心配はあるまい。


 だが、そのシェルターさえいつまで持つだろうか?

 本当にベルツ・オルソンを狙った砲撃であれば、彼がどこへ行こうと、あの赤い光はつきまとい続けるだろう。モルトが公都シュトラウスを照準に捉える理由を与えるようなもので、あまりに愚かだ。


 シェラーシカは嘆息した。ベルツは先ほどまで彼女を殺そうとしていたことさえ忘れて狼狽している。


「なんだ!」

「いえ、なんでも。私は前線に残りたいと思います」

「か、勝手にしろ!」


 冒頭の言葉を聴いた時点でシェラーシカは踵を返してその場を立ち去った。なおもベルツは何かを言っていたが、全て無視した。時間の無駄だ。


 司令部の外へと出る。停まってある軍用車は全て横転しているか、変な方向へと引きずられている。その周囲で兵士たちがよりかかり、あるいは後送されていく。冬なのに生ぬるい風が吹いている。砲撃された地点は焦熱地獄と化していることだろう。


「急がなければ―」


 シェラーシカは歩き始めた。


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