第14話 "総退避"
対空砲火により、空中で薙ぎ倒される敵部隊を見上げるのは、東を守るシレン・ラシンであった。彼もまた乱戦の中に身を置き、文字通り雲霞のごとく湧いてくる敵軍を相手に激闘を演じている。ジャンツェンはウィレ軍の対空砲火をものともせず、悠然と硝煙に煙る冬空を飛び回っていた。
「対空砲火が効いているようだな」
「南のキルギバート隊の招請による模様です」
「キルギバート隊か、よくやる」
機を旋回させながらディーゼを発砲し、敵の隊列の手前を薙ぎ払う。これが機甲部隊に対する射撃効果としては絶大で、装甲の薄い天板への被弾を恐れる戦車部隊は蜘蛛の子を散らすように待避し、逃げ惑った。
「かかれ」
すかさずそこに刃を入れる。真白のジャンツェンが突き入るたびに、ノストハウザン以来常勝と謳われた第一軍、公都近衛機甲大隊が押されに押されて後退する。シレン・ラシンはこれをすでに九度も繰り返している。敵軍の左右翼部、中央にそれぞれ三度の突撃をかけて第一軍を食い止めていた。
「ヴィート!」
シレンは近従筆頭の男を呼んだ。すぐに何処からか白いジャンツェンが舞い降りて、彼のそばに侍った。
「御用でしょうか、若様」
「南はどうなっているか。キルギバート隊は?」
「もちこたえ、一進一退の様子」
「我らの背後は?」
シレン・ラシン隊の背後を守るのは次兄ライヴェの部隊だ。
「北方州軍を食い止め、第一波をすでに撃退した模様」
「さすがは次兄上だ。……北面の長兄上は?」
「ライヴェ様と連携し、同じく。ただし、敵の砲撃は熾烈でやや苦戦の由」
「ここを押し返せば、余力も生まれよう。まだ―」
その時だった。コクピット内のモニターが一斉に赤色警告を発した。
「照準内符牒信号、警告……なんだ、これは」
『いかん!!』
シレンの呟きと、オルク・ラシンの絶叫がほぼ同時に重なった。
『逃げよ!!』
「なに―」
目の前に存在する世界全てが赤く光った。空を見上げる。
先ほどまで、青と灰色のまだら模様だった空が"深紅"に染まっていた。光は空を染め、地を染めて、目の前を塗りつぶしていく。
「なにが―」
レーダーを見た。目の前の赤と同じ色で染まっている。その赤が徐々に、小さな円となってまとまり始めた。円は南部大陸路と、シレンのいる東部大陸路の中間に滑るように移動した。
"照準地点"の文字が浮かび上がる。
"照準"、"赤い光"。シレンたちはそれが意味するものが何かを知っていた。
その手足が凍り付き、総毛立った。
通信回線が解放される通知音がコクピットに響いた。ウィレ・ティルヴィア軍からの通信で、声は若い女性の声だった。
『総退避!! 総退避!!』
シレンも同時に叫んでいた。
「照準地点外へ退避しろ!! あれが来る!!」
総退避の叫び声が全ての前線で響き渡った。
「なに―」
キルギバートも空を見上げていた。
次の瞬間。
赤い空が降って、世界がひっくり返った。
目の前が、裂け、歪み、崩壊していく。燃え上がり、爆発し、吹き飛ばされる。爆風などという生易しいものではない。紅い閃光そのものが巨大な拳を握り、戦車も、アーミーも、グラスレーヴェンも無差別に殴り飛ばしていく。
「うあ、あっ!」
キルギバート機も吹き飛ばされた。仰向けになり、大地に転がってなお機体が引きずられ、動き続ける。戦車が束になっても余りあるほどの重量をもった巨人が引き倒され、地面にへばりついたまま動けない。
がくん、と何かが外れたような衝撃が機体を襲った。背中が殴りつけられたような衝撃を受け、そのままコクピットの中で浮き上がった。地面に立っていたはずなのに、どこか深い場所へ落ちていくのだとわかった。
「クロス、ブラッド、カウス―」
数瞬後、より大きな衝撃が襲い掛かり、キルギバートは意識を失った。
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