第13話 やるべきことは決まってる
キルギバートは吼えた。
「空の連中は対空砲火に任せる。突っ込むぞ。降下した奴らを狙う!」
「どうしたんだ隊長? ここからじゃ深入りすることに」
ブラッドの言葉にキルギバート機が敵陣を指差した。
「赤い怪物だ、ブラッド。奴がいる」
「なんだって?」
「連中はデューク中佐の、一機戦の仇だ。ここで討つ!」
「落ち着いてください」
クロスが割って入った。
「我々の役目は南部大陸路の死守です。奴らとの戦いに気を削がれ、その間に突破されればおしまいです。ベルクトハーツを脱出する友軍の支援はなりません」
「だが……!」
「この場を任せてくれたオルク・ラシン大佐の御厚意を無駄にするつもりですか?」
「隊長、クロスさんの言う通りです」
「カウス……」
「この戦いは、命を奪うためではなく、救うための戦いです。それに―」
「それに、なんだ」
「デューク中佐がこの場にいたら、きっと大声で怒鳴られています。私情に囚われるな、やるべきことをやれって」
「……っ!」
「カウスの言う通りだ。大事なことはあの人から教わったんだろ? なら、俺たちのやるべきことは決まってる」
敵陣を睨みつけるキルギバートが、一度大きく息を吸い込んだ。止めた息を、数秒駆けてそろりと吐き出す。頭が冷えていくような気がした。頭の中で、やるべきことが砂浜に打ち寄せる波のように浮かんでくる。
自然、結論が浮かぶまでは早かった。
―こんな思いに囚われている場合ではないな。
キルギバートは頷いた。
「わかった。クロス、ブラッド、お前たちは右翼を任せる。カウス、お前は俺と、ここで突っ込んでくる敵をさばくぞ」
「おうよ」
「承りました」
「了解です!」
事が決まり、たった四機の戦隊はそれぞれの持ち場へと散らばっていく。
右翼へと駆けるブラッドはモニター越しに空を見上げた。
「やれやれ、なんて眺めだ」
ブラッドは呆気に取られながら呟いた。
「グラスレーヴェンが飛べるんです。アーミーが空を飛んだって驚かないですよ」
クロスは空を見ながら言った。
カウスも定位置で悪夢を見ているかのように表情を凍らせたまま崩さない。
その中で、キルギバートはあることに思い至った。
「砲兵隊に連絡。対地用の誘導弾をアーミーに向けて射出しろと伝えてくれ」
「え? ああ、なるほど……。そういう事ですか」
一瞬驚きながらも、真意を理解したクロスが笑みを浮かべ。
「そういう事だ」
キルギバートも笑みを浮かべて返した。
対してカウスとブラッドは首を傾げる。
「どういう事だよ?」
「すぐにわかりますよ、ブラッドさん」
クロスの言葉通りだった。
ほどなくして対空砲火が打ちあがり始め、降下するアーミー部隊は徐々に混乱し始めた。当たるはずのない花火が自分たち目がけて吸い込まれるように飛んでくるためだ。
『下からモルト野朗の砲撃!』
『構うな! アーミーの装甲を舐めているのか? 構う事は―ぐぁッ!?』
『な、何故だ。何故当たる……!?』
避けられるはずの誘導弾。それが次々とアーミーに喰らいついては大爆発を起こす。弾頭が熱源に反応するように作られているため、アーミーの噴射炎は命中率向上に一役買っているのだろう。
「よし、これで幾らか数は減らせるはずだ」
空を見上げるキルギバート機の手前の地面に、何かが土煙をあげて突き刺さった。対空砲火により姿勢を崩したアーミーが、両足を折ってもがいている。キルギバートは刃を逆さまに構え、装甲の継ぎ目を凝視した。
アーミーの弱点は、首のすぐ下。その部分を突き抜けば、操縦系統と電気系統を寸断できる。操縦室にも損傷を与えるので、搭乗員を殺傷することもできる。アーミーが弱々しく腕を振り上げ、己を庇うような姿勢を取った。
だが、その手に機関砲が隠されていることをキルギバートは知っていた。
だから機体ごとのしかかった。アーミーの手ごと刺し貫いて、息の根を止めた。グラスレーヴェンの漆黒の装甲に、びしゃりとオイルが吹き付けた。返り血を浴びたように、機体の半身を汚したグラスレーヴェンが立ち上がった。
キルギバート機が立ち上がり、敵の来る方角を睨み据えた。すでに何機かのアーミーが降り立っていたが、血のようなオイルを噴き出して転がっている"なれの果て"と、血刀を下げて立つグラスレーヴェンを見て怯んだように立ち竦んでいた。
「来い」
キルギバートは切っ先を突き付けた。
左右に伏せていたクロスとブラッドの機体が跳躍し、空中から躍り掛かる。たちまち乱戦となった。
「この防衛線は、絶対に陥落させない」
キルギバートの吼えたとおり、南部防衛線はまだしばらく陥落しそうにない。
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