第12話 空から降る脅威
シレン・ラシンが東部防衛線で数倍の敵を相手にし、オルク・ラシンとライヴェ・ラシンも東西の防衛線の維持に成功しつつある。防衛線の序盤は思いがけず順調だったが、南部はそうも立ち行かなくなりつつあった。飛行型グラスレーヴェンに手を焼いた陸軍部隊が迂回し、手薄そうな南部防衛線に殺到し始めたためだ。
『退くな』
オルク・ラシンは機体のコクピットの中で全軍を励ましている。
『全部隊よ、聴け。既に多くの友軍が脱出に成功しつつある。私は諸君らが脱出し、食い破った敵の包囲網が再び閉ざされるその時まで支援を約束する。私は最後まで踏み止まり、必ず諸君を友の元へ送り届ける』
オルク・ラシンは、自身も機を駆け回らせて前線の兵士達を鼓舞していた。味方の兵士達の目の前でアーミーを血祭りにあげ、残骸に変えていくその姿は味方から見れば戦神であり敵の目から見れば悪鬼のようであった。
『私は常に諸君らの先頭にあり。死地に活路を見出さん。進めぇッ』
キルギバート隊もまた、孤立した者達を救援する為にひた駆けていた。目の前の障壁は全て薙ぎ払い、蹴倒し、押し潰して進んで行く。
「そうだ。一人でも多く救うんだ。掛かれ!」
キルギバートは咆哮し、戦車を撃ち抜いて爆発させ、歩兵にとって新たな敵弾除けの障壁を造りあげた。ブラッドが素早く反応する。
「ベルクトハーツ宇宙港、砲兵隊本部! 座標を送る、支援砲撃よろしく!」
『こちらベルクトハーツ宇宙港、モルト第四十七砲兵連隊。了解した。砲撃よし』
間髪いれずに空から数条の光が突き刺さった。周囲に稲妻が光り、光は地表に突き刺さり灼熱の奔流となって周囲を焼き払った。
援護は熾烈を極めた。さすがのアーミーも大口径の砲撃を耐え続けることはできない。
これだけ見れば戦いは有利に見えた。しかし、依然として戦いはモルト側に不利である。
「くそ、いったいどれ程の戦力を持っているんだ! 湧いて出てきやがる!」
「敵が来る、アーミーが!」
ウィレ・ティルヴィア軍の大戦力の前に、徐々にモルト軍の衝角が削がれ始めた。
それでもモルト軍は攻撃を止める事はない。攻撃を止めれば、後は破滅しか残されていない。
『構うな、歩兵は味方の兵を迎え入れることに集中! アーミーはグラスレーヴェン部隊に任せろ!』
『こっちだ、おい! 味方はこっちにいるぞ! 早く来い、シャトルに載せてやる』
『やった、やった、合流したぞ!』
コクピットの通信には絶えず様々な声が入り混じっている。その声を聞きながらキルギバートは焼け付いた地面を進んでいく。
「大尉、友軍です!」
「まだ、生き残った奴がいたのか」
目の前に、傷付きながらここまで進軍してきた友軍がいた。見る限りでも傷を負っていない者はおらず、熾烈な砲撃を受けてグラスレーヴェンの装甲は剥げている。腕もなくなっていたり、頭部が半分になったりして変形したものまである。
カウスが隊長機を振り仰いだ。
「大尉、救出を!」
「ああ。そこの友軍部隊、よく頑張った。これより援護する」
すぐさま、上擦った声が返ってきた。
絶望の中、安堵を見出したひび割れた声だった。
『た、助かったのか!?』
「そうだ。だが、無事に帰りたければ帰りながら引き金を引け。まだ終わってない」
キルギバートは言うと、自ら引き金を引いて周囲の敵部隊を薙ぎ払いにかかった。その隙に傷付いた友軍部隊が脱出していく。
「まだまだいる! 一人でも多く帰還させるぞ!」
キルギバート隊は敵軍の真っ只中へと飛び込んで行った。
「キルギバート隊による脱出路の確保を確認! 友軍部隊、来ます」
報告を聞いたオルク・ラシンは深く頷いた。それでも表情は微塵も揺るがない。今は作戦中であり、友軍を逃がす為の采配に一瞬の隙もブレも許されないからだ。
「どれほどの戦力が脱出している?」
その問いに、各戦線をプフェナで観測中のルヴィオール・リッツェが答える。
「脱出した友軍はまだ五分の一ほど。傷病兵の脱出は次の打ち上げで終わりです」
「未だに大多数が包囲下にある。事態の把握に努め、速やかに報告せよ」
戦いは終わらない。それはウィレ・ティルヴィア軍としても同じであった。熱風と砲弾の吹き荒ぶ戦場から少し離れてはいるものの、暴力的な情報の嵐が吹きすさぶ参謀部ではシェラーシカ・レーテも戦っていた。
「敵は補給線の分断を狙ってきます。第672アーミー大隊は東部大陸路へ」
「第37地点に展開中の第六機甲師団が苦戦中」
総司令部にはベルツ・オルソン陸軍大将、そして何人かの幕僚とシェラーシカがいる。ベルツは苛立たし気にステッキで足元を突き、踏みにじるように回していた。
「突破できんではないか! どうなっている」
シェラーシカは狼狽えることなく告げた。
「東部大陸路には第23機甲師団が向かっています」
「北部はどうする。逆に敵が突破を試みているではないか!」
「物量差がある以上、御心配には及びません。それに間もなく南部を突破できます」
「なに?」
シェラーシカは横目でベルツを見た。目を閉じ、ただ頷く。
「このための準備を、私たちはしてきたのです。ご覧ください、オルソン大将」
「貴様なにを―」
「閣下、申し上げます。ベルクトハーツ上空に複数の弾道弾反応あり」
「敵襲か?」
「いえ、違います。これは―」
ベルクトハーツの青い空に、いくつかの流星が煌めいた。
だが、白い尾を引いたそれは流星ではなかった。鋼鉄の六角柱状態のもので、すぐに四分五裂し、複数の棺上になったものをばらまいた。
棺の蓋が開く。中から出てきたのは、ラインアット・アーミーだった。
その中に、彼らがいた。
「強襲空挺降下だ」
ジスト・アーヴィンの声が通信に響いた。
「うわぁー、ぎゃーっ、お、お、落ちるッ!」
「うるせぇだまれ!」
リックとゲラルツの言い合う声が聞こえた。
そして、その時が来た。
「見えた! ベルクトハーツ!!」
カザト・カートバージは手元のコントロールグリップを押し込む。その瞬間、彼はコクピットシートに叩きつけられた。減速により機体が再浮上したためだった。
「ッく!?」
「全機、落下傘展開」
直後、空に巨大な花が咲いた。
落下傘による巨大な円形の花は、地上にいるモルト軍将兵の目をくぎ付けにした。その高空から、アーミー部隊は砲弾をばら撒き、地上にいるグラスレーヴェンを一斉に襲い始めた。
異変はキルギバートらにもすぐに察知できた。
「真上にアーミーだと!?」
「なんてこった。俺たちが東大陸でやったことを、やり返しやがった」
ブラッドの呆然とした声が聴こえ、カウスが歯ぎしりしながら問うた。
「迎撃しますか」
望遠照準器を脇から引き寄せ、キルギバートは頭上の落下傘を観測し始めた。
「まだだ。先に味方を逃がせ。連中が着地したら、動き出す前に、すぐ仕留め―」
照準器を覗くキルギバートの青い瞳が、丸く見開かれた。
「―見つけたぞ」
「大尉?」
キルギバートは牙を剥いた。
「赤い怪物……!」
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