第11話 ベルクトハーツ包囲戦

 大陸歴2718年11月22日。

 午前9時。戦端は開かれた。


 仕掛けたのはウィレ・ティルヴィア陸軍の北方州軍に属する機甲部隊だった。北面、西面は一瞬にして激烈な鉄火の嵐が吹き荒れる修羅場と化した。弾道弾は雲を割いて地面近くで炸裂し、曳光弾の光は空を切り裂いた。


 ベルクトハーツ宇宙港を囲む東西南北、四方の大陸路を守るモルト軍側の顔ぶれは、北大陸路にオルク・ラシン大佐。西にライヴェ・ラシン中佐。東はシレン・ラシン少佐で、南を守るのはウルウェ・ウォルト・キルギバート大尉が布陣している。守備兵力は3万5千名。グラスレーヴェン60機、火砲は100門。

 対するウィレ・ティルヴィア軍は北方州、公都の二方面軍。ラインアット・アーミー500機、戦車8000両、火砲4000門に航空機1200機。攻勢兵力200万名。圧倒的な物量差であった。


「手空きの者、傷病兵は苦しからず。早く撤収せよ」


 オルク・ラシンが告げる間にも、既に三度目の打ち上げが終わっている。3万名を送り出すためにはあと十数回の打ち上げが必要だ。それにはまだ二日はかかる。しかも撤退が進むたびに守備兵力は少なくなる。


 モルト軍部隊にとり、これ以上ない苦しい戦いとなるだろう。


「若様」

「若様はよせ、ヴィート。なんだ」

「敵が、動きます」


 白い機体が一斉に前へ出る。

 南部を除くすべての戦線で、白備えのグラスレーヴェンが空を舞い始める。


「敵は何処の部隊か」

「前方は北方州軍」

「ウィレ・ティルヴィアの元勲ベルツ・オルソンが相手か。我が敵に不足なし」


 オルク・ラシンら北部方面隊が吶喊する頃、反対の南部ではキルギバートが数少ない手勢を率いて街道と大陸路を封鎖している。


「敵は少ねえな。押し出すか?」


 通信からブラッドの声が響いた。


「待てブラッド。向かってきた奴だけをやればいい」

「了解。……ようクロス、出番はまだみたいだぜ」


 言いつつ、ブラッドは照準器を覗いている。彼我の戦力は圧倒的だ。

 南部を僅か一隊で請け負うとキルギバートが申し出た時、ブラッドは呆れる半面で納得もした。雲霞のようなウィレ軍に対して、こちらは僅かに数十機だ。戦力を分けるとするならば、こうなることは自分にでも予想はできていた。


「ブラッドさんこそ、出番が欲しくてうずうずしているんじゃないですか?」


 クロスから返ってきた返事は平静そのものだ。彼もキルギバートの決断に対して、何も言わずに機体に乗り込み、真っ先に前線へと立っている。


 ブラッドは返した。


「だな。それに負け続けでも、"何かを守る戦い"ってのはイイ感じだ」

「ひとりでも多く、宇宙へ上げますよ。……カウスさん、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です」

「ムリすんなよぉ、ちびっ子」

「ちびっ子言うなです! それより、ちょっと気になったんですが」


 カウスは空を見上げながら呟いた。


「なんで砲撃が少ないんでしょう?」

「それはな、カウス」


 答えたのはキルギバートだった。


「ベルクトハーツ宇宙港は、この惑星最大の宇宙港だ。できれば無傷に近い状態で手に入れたい。だからこそ、敵は空爆や砲撃ではなく物量をぶつけてくる」

「まあ、そういうことです」クロスが何となく、出番を取られたような不満げな様子で呟いた。

「たまには、俺にもしゃべらせろ」


 キルギバートは微苦笑し、それから前を見据えた。


「来るぞ」


 片腕の機体が白刃を抜く。何かが砂塵を巻き上げながら突っ込んでくる。


「アーミー接近。数、8機」

「よし」


 キルギバート機が白刃を振りかざした。


「第二機動戦、参る」




 そして東部では、シレン・ラシンの一隊が大陸路を確保し、敵の第一波を食い止めにかかっているところだった。敵の砲撃は統制が取れていて、狂いなく足を止め、時折弱点を狙い済ましたかのように突き刺さる。


「消耗戦に引きずり込まれるな」

「若様、如何に―」

「"若様"はやめよ、階級で呼べ。……押し引きに持ち込み、敵を引きずりまわす」


 言いつつ、眼下の地面を灰色塗装のラインアット・アーミーの4機小隊が駆け抜けようとする。よくできた判断だ。交戦せず、突破して宇宙港を目指すつもりらしい。


「させぬ」


 シレン機は急降下し、最後尾を走っていたアーミーの背を切りつけた。これでは仕留められないが、推進部を傷つけられたアーミーは狂ったように鋼鉄製の叫び声をあげて足を止める。左右の2機が振り向いて引き返そうとした時、すでにシレン機は右の敵機の装甲の継ぎ目を正確に捉え、白刃で胸から背まで突き抜いていた。左の敵機が激昂し武器を振りかざすが、その頭部―正確には両目―をディーゼで撃ち抜いた。

 隊長機が狼狽したように足を止める。そこを近習のジャンツェンが数機がかりで襲い掛かり、瞬く間に4機分の鉄くずが地面に撒き散らされた。


「少佐!」


 切迫した近習の声に振り向く。その先、確保した大陸路目がけてウィレ・ティルヴィア陸軍の大部隊が迫ってくる。空にぱっと花が咲いたように、恐ろしい数の曳光弾が煌めいた。朝方にも関わらず発光するそれに当たれば、ジャンツェンとて無事では済まない。空中で宙返り機動し、弾幕をいなしたシレンは後退しながら敵を見定めた。


「盾に、白百合……まさか―」


 先頭を走る戦車部隊が楔形の陣形を取った。こうも見事な統制を取れる部隊を、シレンはただ一つしか知らない。


「我が敵は、陸軍第一軍か」


 脳裏に亜麻色髪の戦乙女の顔が浮かんだ。


「ならば先陣は公都近衛機甲大隊―」


 砲を振り上げたウィレ陸軍戦車部隊が足を止め、次いですぐさま発砲した。乱れのない、数十両がかりの砲撃が空を引き裂き、シレン機の頭上と胸先を掠め飛ぶ。


「……相手にとって不足なし!」


 シレンはフットペダルを踏み込んだ。背部と脚部が唸りをあげる。機体が増速し、急降下し、地上すれすれを滑空する。白刃を地面に引きずるように接した。大陸路の舗装が火花をあげて切り裂け、そのまま旋回して地上を走行する戦車を斬り上げた。


 空高く吹き飛んだ戦車の弾薬庫が空中で誘爆し、火球が咲いた。その炎を背にして、シレン機は刃を旋回させ、敵陣へ切っ先を突き付けた。


「シレン・ラシン少佐、いざ参る」


 モルト軍反攻の突撃が始まった。



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