第28話 造られた存在

  彼が何を言っているのか、カザトはすぐに理解できなかった。エリイの兄と名乗る男が、彼女にかけた言葉は肉親のそれとはかけ離れすぎている。家族どころではない。"人"に対する言葉ですらない。エリイを「最高傑作」と何度も呼ぶ彼の言葉はまるで出来の良いモノを与えられて喜ぶ使用者のそれだ。


――造られた? 最高傑作? 何を言っているんだ。


 疑問を抱いたのはカザトだけではない。リックもそうだった。あるいは家族というものに対して多感なゲラルツも同じだ。そして肉親を亡くしたばかりのファリアは明らかにこわばった、怒りの混じった当惑の表情を浮かべていた。


 その時になってようやくエリイの兄と名乗る男は言葉を止めた。


「おっと失礼。久々の再会だったものでね。何か訊きたいことでも?」


 まったく遠慮を感じない口ぶりだった。そして男に対して答えたのはファリアだった。


「エリイさんの同僚、ファリア・フィアティス准尉です。二つ、お訊ねしたいことがあります」

「なんなりと」


 ファリアの言葉はいつもと変わらず冷静で、カザトはあらためて彼女のことを尊敬した。だが、すぐにカザトはファリアの手が強張っていることに気付いた。エリイを安心させるために彼女の手を握るファリアの手もまた指の節がうっすらと白くなっている。


 ファリアもまた、感情を表に出さないように努めている。


「まず、貴方は本当にエリイさんのお兄さんなんですか?」

「これはこれは自己紹介がまだでしたか!」


 男は恭しく一礼した。


「私はレオンハルト・サムクロフト。サムクロフト重工第一本部長を務めていて、エリイとは腹違いの兄、といったところだ」


 腕を軽く広げて決めて見せたレオンハルトに対して、ラインアット隊の反応は憚ったものだった。わずかに肩を竦めたレオンハルトはエリイへと目を向けた。


「エリイ、君からも何か言ってくれ。君が言えば信じてくれるだろう?」

「ファリアさん……。確かに、その人は、私の兄です」


 たどたどしく肯定するエリイからはいつもの快活さが失われている。


「じゃあ、なんでその妹がアンタに怯えてんだ!?」


 たまらずリックが叫んだ。


「さてね、私にも全くわからない」


 肩を竦める兄に対して、ファリアの腕にしがみついていたエリイが顔を少し出した。レオンハルトは腕を差し伸べる。


「さ、何をしているんだエリイ。期限は終わった。家へ帰ろう」

「兄さん、私戻りたくない」

「はは、何を言っているんだ。君のワガママは通った」


 「ワガママ?」とカザトは思わず呟いた。耳ざとく聴き止めたレオンハルトは頷いてみせた。


「その怪物のことだよ。ラインアット・アーミー、だったか。それは私の計画とは別に、エリイが生み出したものでね」

「私のアーミー……な。その黒い化けモンがか?」


 ゲラルツの言葉に対し、レオンハルトはどこまでも誇らしげだった。ゲラルツの"化け物"という評価が心外そうですらあった。


「これこそ兵器の行き着く最高の姿だよ! 君たちも見ただろう? モルトのグラスレーヴェン……アレも兵器として美しい。だが、その美しい兵器を、この黒いアーミーは容赦なく駆逐してみせた。大成功だよ。完璧だ」


 陶酔しきった様子でレオンハルトは背後へと振り向いた。

 朝焼けの中に、黒いアーミーは静かに列を成して佇んでいる。それらはまるで、最初から自分たちが戦場の支配者であったかのように隊列をなして悠然と佇んでいる。


「今後はこのブラケラド・アーミーが戦場の支配者になる。ノストハウザンの戦いのような醜く、野蛮な戦闘は遠き過去のものになる」

「黒主公-ブラケラド-……シュトラウス朝伝説の武人にして六代皇帝ヒルベルト・シュトラウスのことですか」


 ファリアの言葉に対してレオンハルトは満足げに頷いた。


「そうとも。千五百年前、東大陸に侵略したモルト王国軍二十万を三万の騎兵で破った伝説の武人だ。ブラケラドの名は戦場の支配者に等しい。そして、ブラケラドにはもう一つ意味がある」


 そこまで静かに煙草をくわえていたジストが短くなったそれを足下へと落とした。


「"無敵"か」

「そうとも! この完全な兵器さえあればモルトをウィレから追い払うなど容易い。それがたった今、この戦闘で証明された。最高の気分だよ!」


 レオンハルトは高らかに笑い声を立てた。

 だが、満足げな彼の笑いは長くは続かなかった。


「と言いたいが、その兵器はまだ未完成でね。エリイ、君の力が必要なんだ」


 エリイはファリアの陰に隠れるように首を竦めた。


「君はこの惑星における生物工学バイオアニマトロニクス鋼機工学サイバネティクス大家たいかだ。私の人工知能理論、半導体理論、そしてナノマシン……これらの結晶である黒いアーミーと融合させれば――」

「いや!!」


 エリイの拒絶の言葉が、戦いの終わった野を激しく打った。


「兄さんの造りたいものは兵器なんかじゃない」


 エリイは戸惑うように視線を彷徨わせたが、やがて意を決したように顔を上げた。


「兄さんの造りたいものは、完璧な生命体でしょ!? 効率よく人間の兵士の代わりに敵性と判断したものを効果的に殺していく生命体が造りたいだけでしょう!」


 カザトらが息を呑んだ。ジストだけは次の煙草を取り出し、口元に運んでいる為、その表情は誰からも伺うことができない。


「当たり前じゃないか」


 血を吐くようなエリイの告発を、レオンハルトは全く意に介さなかった。


「私も君も、役割をもって造られたんだ。それこそがサムクロフトの最高傑作である君の使命だろ!」


 レオンハルトの言葉にカザトは顔を上げた。「造られた」、「最高傑作」という言葉が、すでに頭の中を何度も反復している。


「待って、待ってください!」

「先ほどの少年兵君だね。どうしたのかな?」

「役割をもって生まれたとか、造られたとか、さっきからエリイちゃんをモノみたいに言ってますけど、いったい何なんですか!? この子は人間だ! モノなんかじゃない!」


 カザトの言葉にレオンハルトの表情が初めて揺れ動いた。目を丸くして口を心持ち開けたその表情は純粋な驚きだった。


「まさかエリイ……。彼らに言ってないのかい?」


 エリイは俯いた。ファリアの腕にしがみつくのをやめ、両手を下げて項垂れる。


「あなた、さっきから何を……?」


 ファリアの言葉に、レオンハルトは左手を自分の胸に当て、残る右手でエリイを示した。


「エリイも私も、人によって造られた存在だと言う事を」


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