第29話 造られた兄妹
言い放ったレオンハルトの言葉に、カザトは立ち尽くした。
「それ、どういう……」
「言葉通りの意味だよ。完全な純粋培養によって、生まれ出でる前から人の英知によって生み出された存在と言えばわかるかな」
「試験管
ファリアの言葉に、レオンハルトは満足げに頷いた。
「それが私とエリイだ」
自信をみなぎらせて語るレオンハルトに対して、エリイは俯き青ざめたままだ。ファリアはエリイを庇うようにして前へ出た。
「そんな。そんなはずない! 培養生体技術によって人間をつくる行為は惑星法によって禁止されているはずです!」
「それが? 人類の文明技術のための実験としてなら、話は別だ。それが成功したなら?」
「まさか……」
「そう。サムクロフト重工の先代社長、我々の父にあたる男が"完璧な世継ぎ"を望んで己の遺伝子を科学者に託した結果の産物だよ。つまり――」
「兄さん、やめて……」
「おいやめろ!!」
その言葉の意味を誰よりも早く理解したゲラルツが吼えた。
「私とエリイは二人でひとつ。父のたった一つの組織から造られた共同体だ」
「てめぇ!!」
「中でもエリイは優秀でね。生み出されて数日にして歩行し、一年後には唖語でも意思表示をしてみせた。父親から託された科学者としての頭脳を早いうちに開花させてみせた。凡百の子どもたちが積み木遊びを覚える頃には彼女は微分積分を完全に理解していた」
リックが蒼白な顔のままでエリイの傍に立った。彼はレオンハルトがまとう空気に怖気を感じながら、そうしたものからエリイを隠すようにして立った。
「今、お前、エリイちゃんのことを中でもって言ったよな」
「ああ、言ったよ」
「……まさか」
レオンハルトは屈託のない笑みを浮かべた。
「実験に成功例があるなら、失敗もあるのは当然だろう?」
エリイが口元を抑えた。その手の端から泡を吹き、咳き込んだ。恐怖によって痙攣と嘔吐を起こしていた。カザトたちはその瞬間、なぜエリイがレオンハルトを極度に恐れているのかを理解した。
この兄と名乗る男はエリイよりも先に大人になった。
そしてそれが意味するものは何かを考えれば答えは明白だった。
ファリア、リックがその答えに恐怖し、ゲラルツが怒りを爆発させる寸前。
カザトが飛び出した。
「お前!!」
レオンハルトの襟首を掴み、ねじり上げようとした。
「自分の弟や妹を実験体にする兄貴がどこにいるんだッ!!」
すぐに背広を着た集団がカザトを引き離し、後ろから羽交い絞めにする。何人かは懐から銃を抜いて突き付けていた。北方州兵たちもレオンハルトを守るようにしてカザトとの間を隔てた。
だが、カザトはなおも暴れ狂った。羽交い絞めにされて身動きが取れないにも関わらず、身体をよじって吼えた。
瞬間、腹が裂けるのではないかと思うほど強烈な衝撃を鳩尾に感じた。胃の中は空で、吐くものもないのに強烈な吐き気が襲い掛かる。
「あ、ぐ――」
腹に拳がめり込んでいることに気付いたカザトが顔を上げると、そこには腕を振り抜いたジストが立っていた。
「余計な面倒ごとをつくるんじゃねぇ」
ジストは崩れ落ちるカザトに背を向けると、つい先ほどまで彼が首を締め上げようとした相手へと敬礼した。
「部下がご迷惑を掛けました」
レオンハルトはどこまでもにこやかだった。
「気にしません。それよりも大尉さん、エリイをそろそろ渡してもらえませんか」
ジストは口にくわえていた煙草を手に持ち替えた。
「お言葉ですがそれは出来ません」
「何故です? 軍への貸与期間は――」
「それは承知しています」
「であればエリイを返していただけませんか? この黒きブラケラド・アーミーを更なる完成品とするためにも、彼女の生体工学知識は欠かせないのですよ。軍の開発計画を邪魔するということにもなれば、貴方のためにもならないでしょうに」
北方州軍の兵士たちが前へと出る。それに対してジストは怯まなかった。というよりも、どこ吹く風といった体で完全に彼らを無視した。
「サムクロフトさん。あんたはお忘れのようですな」
「どういうことです?」
煙草から伸びる灰を弾き落としながら、ジストはそれを口元に運び直す。
「相手を間違えた、ということだ」
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