第26話 攻守逆転
「っ、ちぃ!」
統制の取れた一斉射だ。キルギバート機が側面を撃たれてよろめく。
『大尉!?』
「大丈夫だ、損傷はない! どこからの砲撃だ、カウス」
『側面に敵機甲部隊! あれは……この間のシュトラウスの部隊です!』
「また、あいつらか!」
キルギバートは牙を剥いた。
「―やってくれたな」
砲撃陣地を固めるウィレ・ティルヴィア軍の機甲部隊に反撃を加えようと決意した刹那、通信が入った。
『キルギバート大尉、敵情は?』グレーデンの声だ。
「敵軍兵力はこちらの二倍です。敵はノストハウザンを囲むようにして布陣。猛烈な砲撃を加えています」
『その部隊には荷電粒子砲の砲撃を喰らわせてやる。貴官らはこのままウェル・ア・クーリャへ進撃せよ!』
「ですが!」
『見るべきところを誤るな。ノストハウザンを落とせば戦争は終わる。為すべきを為すのだ、大尉』
喉元まで出かかった反駁の声を、キルギバートは飲み込んだ。
―その通りだ。我々はこの戦争を終わらせるためにここに来た。
大局を見誤るべきではない。
「……承知しました!」
キルギバートは歯噛みし、機を後退させ始めた。熾烈な斉射になおも煽られ、キルギバート隊は構造物の密集する都市部へと下がっていく。
「先ほどの機甲部隊へ砲撃を-」
「閣下、敵部隊は消失。もはやどこにも……」
「なに?」
グラスレーヴェンを街に押し込んだ公都近衛大隊もまた、局地的勝利に浮かれることなく兵をまとめてノストハウザン西部への機動を開始した。
「敵ながら見事な退き際だ」
グレーデンは、師団をノストハウザン市街地ぎりぎりまで前進させつつ、キルギバート隊の突入を見届けている。
「空軍の援護はまだか?」
「閣下―」
グレーデンの諮問にケッヘルが口ごもった。事が起きたことはすぐに察知できた。
「これ以上の空軍支援は不可能です」
同日午後8時。すでに完全な日没から1時間を経ている。
「空軍が奇襲を?」
ベーリッヒはブロンヴィッツの傍らにあり、満面に汗を浮かべていた。ウォーレを発した空軍の航空艦隊が、ノストハウザンの手前でウィレ・ティルヴィア空軍の奇襲を受け、交戦しているとの知らせが入ったのは、グラスレーヴェン部隊の市街突入が始まって間もない時であった。
「なぜ察知できなかった!?」
「衛星の監視範囲の"穴"を突かれました」
意味するところはすぐ理解できた。敵軍は破壊した衛星が担っていた地域―今や索敵の行き届かぬ空域―に空軍が入るのを待って、攻撃を仕掛けたのだ。
「損害は?」
「損耗率は航空艦隊全体のおよそ4割。ほとんどが推進部への集中攻撃を受けて、ウォーレに引き返しているとの由」
ベーリッヒは元帥杖が砕けるかと思う程に強く握り込んだ。両手は怒りによって震えている。
「落ち着けベーリッヒ。現在の戦力のみでも、片は付く」
「我が元首……。それでは長期戦になります。郊外の敵を一掃するには全空軍による一撃が必要でした」
「そうはならぬ」
「は……?」
ブロンヴィッツは立ち上がった。
「空撃が行えるのは空軍だけではない」
「そうであろう、シュレーダー参謀総長」
シュレーダーはその言葉に対し、不敵な笑みで答えた。
「はい、閣下」
「アレを使う。軌道上の艦隊に命を下せ」
ウィレ・ティルヴィア軍の戦線が初めて動いたのは、この日の21時のことだった。ノストハウザンに突入したモルト軍を包囲するようにベルツ・オルソン大将率いる北方州軍とアーレルスマイヤー大将の率いる本隊が急旋回し、市街地に入ったグラスレーヴェン部隊を完全に包囲した。
包囲の
「後ろを取られただと? あれだけの大軍でか!?」
これほど、もろに煽りを喰ったのは市街地東面に肉薄しつつあったグレーデン師団より他にない。彼らの伸びきった隊列に北より北方州軍に属する第52ウィレ陸軍装甲歩兵旅団、そしてアーレルスマイヤー軍所属の公都近衛防衛連隊・機甲部隊が一斉に牙を剥き、猛烈な砲撃を加えたためであった。グレーデン師団の背後には普段であればデュークの率いる第一機動戦隊のグラスレーヴェンが後詰として控えている。だがこの時、師団のグラスレーヴェンは全てノストハウザン市街地に突入していた。本隊は真裸に近い状態で、しかも敵の強襲部隊に背後を晒している。
「してやられたな」
グレーデンは呟いた。自分でも驚くほどにその声音は冷静で、運のない賭けに負けて不平を漏らしている風でさえあった。
「いかがなさいますか」
幕僚であるケッヘルが足元、車内から声をかける。彼も主人と同じく静かな声音で部隊の損害を覚悟していた。
「いかがもない。反転して迎え撃つ。後続の突入は止めさせろ」
「承知」
このノストハウザンにおいて、両軍の采配で最も輝かしい判断を見せたのがグレーデンその人であった。彼は市街地へ向けて真横へ伸びきった隊列を縮めると、すぐに前後の転換を行った。つまり、本隊を最前衛としウィレ・ティルヴィア軍の夥しい戦車、歩兵部隊の矢面に立ちはだかった。
その前面に、ウィレ・ティルヴィア軍の主力戦車―連装主砲を持ち、威力だけでいえばグラスレーヴェンのディーゼに匹敵する火力をもった―機甲部隊が激突した。
「紋章の白百合、シュトラウス直掩の公都近衛部隊と見た。相手にとり不足はない」
グレーデンは苦笑いを浮かべた。ウィレ生まれのモルト人を自覚する彼の全身を武者震いが襲っている。戦いにおいて高揚するモルト民族の血が流れていることを、嫌でも自覚してしまう。
「第二十三擲弾歩兵中隊、第二十四狙撃兵小隊に戦車の足止めをさせろ。グラスレーヴェンが到着するまで下がることは許さん」
ケッヘルの伝達が飛び、すぐさま指揮車の目前を大勢に歩兵が駆け抜け、前へと躍り出ていく。その遥か眼前で次々と着弾の爆炎が噴き上がった。
「シェラーシカめ―」
グレーデンが呻いた。
「西大陸で余程鍛えられたと見えるな」
グレーデンは敵の機甲部隊の指揮官が、彼女(シェラーシカ)の先輩でありウィレきっての機甲戦術家であるエルンスト・アクスマンに交代していることを知らない。
「見違えるようだ。それとも別の指揮官なのか?」
「キルギバート隊、デューク隊を呼び戻しますか?」
「ならん。ノストハウザンの確保は最優先だ。彼らとグラスレーヴェン部隊にこの会戦の勝敗がかかっている」
ケッヘルは頷いた。それ以上の言葉は必要としなかった。
「閣下ーっ!」
唐突に響いた怒鳴り声に、グレーデンは上空を見上げた。数メル上、妙な浮遊音を伴いながら鋼鉄で出来た棺桶のような乗り物― 小型垂直離陸機プフェナ ―が旋回している。
「リッツェか!!」
グレーデンも怒鳴り返した。モルトランツ以来の付き合いになる情報将校のルヴィオール・リッツェは、この戦場でも偵察機に乗って縦横無尽に駆けまわり、否、飛び回っていた。
「急を見て、急ぎ戻ってまいりました!」
「何を見た!」
「我らの後ろに回った部隊は少なく見ても二部隊!」
「規模を言え!」
リッツェは頷き、甲高い声を上げた。
「規模にして一個軍!」
グレーデンは笑った。ウィレ軍は本気だ。グラスレーヴェンに対する手段すら持たず、それでも本気でモルト軍を、この戦場で滅ぼそうとしている。
「突破口は見出せそうか?」
「上空から見る限りは―」
―ない。グレーデンは頷いた。
「よし。この戦場で全てが決まる」
グレーデンはリッツェに近隣のグラスレーヴェン部隊を呼び戻すように伝えた。プフェナは急旋回し、高度を上げながら夜空へ消えていく。
「聴け!」
指揮車輌の周りを多くのモルト軍歩兵が固めている。彼らは戦車に対抗するための無反動砲や大口径の対物ライフルを抱え、弾雨の中を折り敷いて布陣している。見上げた胆力だと、グレーデンもその勇気を認めながら右腕を振り上げた。
「一歩も退くな! 諸君の防戦があって初めて反撃が可能となることを忘れるな!」
怒声に近い、応、の声が上がる。
「グレーデン師団の戦いぶりを見せつけるぞ。総員かかれ!!」
守勢にあったグレーデン師団の前衛部隊の突撃が始まった。
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