第25話 開戦、ノストハウザン
大陸歴2718年6月1日午後6時。モルト軍東大陸侵攻部隊の全軍が布陣を完了した。
その時がやってきた。
「決戦である」
決戦を告げるブロンヴィッツの声が木霊する。
宵闇に夥しい数のグラスレーヴェンの眼が光った。
「恒星フロイムが空に登るころ、我らはシュトラウスへ進撃するであろう」
ブロンヴィッツの声が、戦場となる湖畔の夜空に響き渡った。
「モルト軍、前進せよ。諸君らに栄光あれ」
モルト軍最高司令官のブロンヴィッツはウィレ湖畔東岸にある。その最高総司令官が発した簡潔な号令によって、宇宙史上最大の陸上会戦の幕はあけた。
戦力はモルト二十個軍250万人。グラスレーヴェン1200機。空戦仕様グラスレーヴェン―ジャンツェ―200機。航空母艦30隻。機甲戦力5000。火砲5000門。
対するウィレ・ティルヴィア軍は四方面軍と三十八個軍300万人。戦車8000両、火砲4000門。航空機数5000。
古来、これほどの大会戦、一大夜戦が行われた例はない。
数の面だけを見ても空前絶後、惑星対惑星の決戦と呼ぶに相応しい。モルト軍部隊が動き始めた直後、ノストハウザンの空が割れるような光に染まった。
「これは―」
ブロンヴィッツの臨む前、主戦場の上空が真昼のような明るさに染め上げられる。その光源は稲妻のような光の尾を引いて都市を飛び越え、湖畔の岸辺にいるグラスレーヴェン部隊に襲い掛かった。
爆風で湖面が逆立ち、爆発が一つ起きるたびにグラスレーヴェンが打ち倒され、その足元では歩兵が宙高く吹き飛ばされる。それでも、モルト軍の前進が止まることはない。
「ウィレ軍は手持ちの
「これほどの攻撃、恐らく、この前哨だけで戦史に刻まるだろう」
ブロンヴィッツの背後に伴うベーリッヒ元帥が静かに呟いた。他に、親衛隊長官にして新たにモルト国軍参謀総長となったシュレーダーがいる。
だが、その猛烈な弾幕をしのぎながら、グラスレーヴェンと機甲歩兵から成るモルト軍の兵士たちはノストハウザンへの距離を詰めていく。
「この程度でグラスレーヴェンは止められぬ。ベーリッヒ元帥。航空艦隊に連絡。"返礼"せよ」
「了解であります、元首閣下。……
空を覆う鋼鉄の怪鳥の翼から、光が迸る。それは群れとなり、複数の光条となり、空を割いた。暮れゆく夕闇の空は閃光で青に染め直された。
光はノストハウザンの市中央へとまっすぐ刺さり、そして地表の全てを溶解し、次いで大爆発を起こした。横に伸びた炎が空へと伸び、次いで縦の炎が沸き起こる。十字の爆炎に照らされるブロンヴィッツは命を下した。
「好機。グラスレーヴェン部隊に突入を命ぜよ」
ブロンヴィッツは勝利を確信し、グラスレーヴェンの突入を見つつ命を下した。
「これよりノストハウザンにて一大夜戦を敢行する。一刻にてノストハウザンを落とせ」
離れて南には、グレーデン、デューク、キルギバートらがいる。
作戦会議はもはや一か所で行うことが叶わない。キルギバートは両軍の激突が始まった頃、愛機のコクピットにあった。そのまま師団首脳に己が見ている最前線の様子を共有しながら素早く地図にマーカーを入れていく。
「敵はノストハウザン市内42番通りにある
『(※)"百万ギルフの夜景を生み出す"と謳われた、ウィレ屈指のカジノか』
デュークが呟いた。テレビで見る観光名所を思い出す様な口ぶりで、実際、そのとおりだった。
『ノストハウザン第一の娯楽施設だけある。要塞化されているとしたら手を焼く。敵新型兵器も出てくるだろう』
キルギバートは頷いた。地図上にあるカジノは巨大な三つの高層ビルから成る複合施設で、しかも10層にも及ぶ地下カジノがある。敵の拠点となれば厄介だ。
『だが、先の戦闘の通りだ。敵の新兵器だろうと勝てない相手ではない』
デュークが口元に笑みを浮かべた。ここまで来たら作戦遂行の他に取るべき道はない。揺らがないモルト軍の戦線をキルギバートはじっと見つめていた。
そんな彼らにグレーデンは重々しく口を開く。
『諸君、我らの目的地はウェル・ア・クーリャだ』
地図上たった一つの建物の名前が、重みを帯びた。会議に参加している全ての人間が静まり返り、グレーデンは力を込めて続けた。
『ノストハウザンを抜ければシュトラウスは落ちる。この戦争は終わる』
その言葉と同時に、都市内部から次々と赤い信号弾が上がった。
次隊突入開始の合図だ。
『諸君、勝つぞ。健闘を祈る』
グレーデンの通信が切られ、キルギバートは目前にあるノストハウザンの街並みに視線を映した。いつの間にか愛機の背後にはブラッド機、クロス機があり、そしてカウス機も続いている。
『キルギバート』デュークからの通信が入った。
「大佐―」
『こっちは南側の大通りから突入する。ウェル・ア・クーリャの防衛部隊を二方向から叩く』
「承知しました。御無事で!」
『そっちもな。死ぬなよ』
デューク機をはじめとする何機か―先の戦闘でずいぶんと数を減らした―が、キルギバートらの隊列から離れていく。遠ざかる先達を見送っている最中、カウス機から報告が入る。
『大尉、都市北面より敵機甲部隊接近中! 夥しい数です』
『ちっ、俺達を通せんぼして、都市に入った連中の背後を突くつもりかい』ブラッドが呻いた。
「―っ!」
キルギバート機がヴェルティアを抜く。機体を旋回させ、北部から迫る夥しい灯火に向けた。
「奴らを撃退してノストハウザンに入る!」
待ってましたと手を叩いて喜ぶブラッドに、キルギバートは思わず口元を釣り上げた。
「覚悟はいいか」
『こちらクロス、お供します』
『こちらカウス。皆さん、いえ大尉に続きます!』
『ブラッド右に同じ!』
クロスとカウスらの言葉に同心する隊員の言葉を聴きながら、キルギバートはすでに機を前進させていた。暗闇を裂いて砲弾が飛来し、それがグラスレーヴェンの胸部装甲に命中する。
『敵、発砲! どんどん来ます!』カウスが悲鳴を上げる。
『おいおいおいおい、レーダーの反応が多すぎる。ここに一個軍でも来てるのか?』
『敵のレーダー妨害! 偽の反応に惑わされないで!』ブラッドとクロスは互いに両側面を守りつつ、一機戦の前進を支えている。
ウィレ軍の総力を挙げた砲撃に曝されても、彼らは止まらない。防御を固めたグラスレーヴェンの正面装甲には大凡の砲弾など豆粒に等しい。
「撃ち方用意!」
鋼鉄の装甲を、鋼鉄の弾丸が絶えず叩く。キルギバートが吼えた。
「かかれっ!」
☆☆☆
戦場を見る目を、ウィレ軍に転じる。
北部の丘の上では白百合に盾の紋章をあしらった機甲部隊が布陣を整えていた。
白百合―公都シュトラウスの公章―を用いることが許される部隊はウィレにおいて二つしか存在しない。
すなわち、シュトラウス家の直属部隊か、この戦争を開戦から戦い抜いてきた"公都近衛防衛連隊"のどちらかだ。彼らは後者だった。
「着弾。……グラスレーヴェン部隊、止まりません!」
「焦る必要はない。連装砲、続けて斉射!」
美しいまでに統制の取れた一斉射が続けて放たれる。連続する砲声はそれに見合う密度の弾幕を眼下のモルト軍に叩き付けた。
「外に出るよ。他の車輌は装填急いで」
先頭を行く主力戦車のハッチが開いた。
「アクスマン大隊長! 出ては危険です!」
「さて、敵は怒ってるかい?」
エルンスト・アクスマン少佐もこの戦場に到着し、グラスレーヴェン部隊を迎え撃っている。
戦前はウィレ・ティルヴィア士官学校機甲科を首席で卒業した若手きって希望の星にして、今はウィレ軍総司令官、アーレルスマイヤー大将の麾下にある。
砲術と機甲戦術の若き英才は、先の公都近衛防衛連隊長であるシェラーシカ・レーテから指揮権を譲り受けて数か月、各地でモルト軍機動部隊を相手に闘い続けてきた。
狩るべき戦車に返り討ちを喰らったモルト軍の将兵からは"猟豹"の名を取り、広く恐れられている。その豹が電子双眼鏡を手に身を乗り出した。
「敵部隊、足止め喰らっている様子です!」
「―いいね。ブルンナーも見てるかな。君たちの仇を取らないとね」
青い戦車服に少佐の階級章をつけ、野戦用のヘルメットを被っている。黒髪と紫色の瞳が鮮やかに映えていた。
「グラスレーヴェン。再びこちらに向かってきます!」
「大丈夫。こうも砲撃にさらされているんだから、相手も狙いが定まらない。そう命中しないさ」
「ですが!」
「次発装填。さあ次も一斉射だよ、急いで」
穏当な笑みを絶やさないまま、アクスマンは双眼鏡を覗く。その視界の中で、グラスレーヴェンは手に持つ刃をこちらへと向けている。
「いい、いいね! 敵はかなり怒ってる! これでいいんだ!」
双眼鏡を覗く指揮官の紫水晶の眼が輝いた。
「グラスレーヴェン発砲! 直撃来ます!」
「―大丈夫」
飛来した砲弾が遥か後ろに着弾、あるいは近い位置で左右に逸れて炸裂する。
「大隊長、これは一体?」
「このための電子妨害さ。装填は?」
「は! 完了しました!」
双眼鏡を持っていない左腕を高々と振り上げる。
「照準。狙え―」
『各車、各砲照準よし!』
砲手の照準、そして双眼鏡を覗く青年の目一杯にグラスレーヴェンが映っている。アクスマンは目を見開き、笑みをたたえたまま、腕を振り下ろした。
「―てえっ!」
数十門の砲口から、一つの砲声が轟いた。
(※)銀河系共通通貨。アルフ、イルフ、エルフ、オルフ、ギルフに分かれる。ギルフは金1ガンム(グラム)の通貨価値を反映したものなので、デュークの発言を読者銀河系の価値に換算するとおよそ1億ドル相当。
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