第13話 あがきの終焉

 ベルツは手にしていた鞭を取り落とした。


「貴様――。今自分が何を言っているのか、わかっているのか?」


 無敵と謳われた黒き怪物。その生みの親である男の言葉に、彼のみならず司令部の空気は凍り付いた。怪物の敗北とは優劣の話だけではない。そのままこの戦闘の行く末を物語るものだ。にも関わらず、愉悦そのものの笑みを浮かべてレオンハルトは頷いた。


「わかっていますとも、閣下。あり得ないことが起ころうとしている。まったくもって、まっとうなことではありませんか」

「なんだと……」

「目の前で起きている現象いまが現実である以上、我々はそれを受け容れなければならないのですよ」


 ベルツは拳を握り、椅子の肘掛が折れるほどの勢いで殴りつけた。


「あってはならんのだ、そんなことは!! ブラケラド・アーミーは無敵の兵器でなければならん!! この戦争に片を付け、ウィレ・ティルヴィアこそが宇宙を統治するに相応しい唯一の惑星であることを示さねばならんのだ!!」


 レオンハルト・サムクロフトは深い笑みを口元に浮かべたまま、肩をすくめて首を振った。


「付き合いきれませんね」

「貴様――」

「私は科学者です。目の前の現実を認めずして、次の研究は生まれない」

「その現実への対策はどうする! これは研究ではない、戦争だ!」


 怒り狂うベルツに対して、レオンハルトは静かに笑いながら両手を広げた。


「ここから先は、貴方の得意とする力技でどうにかするより他にないでしょう」

「貴様!」


 ベルツは拳銃に手を伸ばした。

 サムクロフトの狂える男は微動だにせず、嘲弄するような笑みを浮かべたまま前に立った。


「閣下――」


 ベルツの傍らにいた、眼鏡をかけた参謀が呻いた。


「なんだ」

「ブラケラド・アーミーが――」


 視線を戦場へ向けたベルツが目を見開く、そこには――。


「――馬鹿な」


 運河に殺到していたブラケラド・アーミーの隊列が停滞していく。夕陽を受けて波打っていた隊列が留まり、緋色の光を鏡のように反射していた。いや、停滞などというものではない。彼らは次々に停止している。


「――馬鹿な!!」


 ベルツの吼える声と、通信士の切迫した声はほぼ同時だった。


「ブラケラド・アーミー部隊の大部分が応答せず、指令を受けません!!」

「宇宙港は目前なのだぞ、何をしている!」


 次々に、戦術画面上の識別信号の光点が緑から赤へ、そして黒へと消失していく。彼らの沈黙を示す視覚情報を目の当たりにしたベルツは思わず拳銃を下ろし、そして柄を握り込んだ。


 司令部が当惑の沈黙に包まれる中、軽々しい笑い声が響いた。


「そうか、そうなのか、ついにやったんだな」


 レオンハルトであった。


「君はやはり最高傑作だ、エリイ!」

「どういうことだ……!? なぜブラケラド・アーミーが停滞するのだ!」

「停滞したのはブラケラド・アーミーではなく、我らだったということです。閣下」


 唖然とするベルツに対して、レオンハルトは戦場へと向き直り笑みを深めた。



 その先の戦場。総司令部にほど近い丘の上に座り込んだエリイ・サムクロフトは、膝の上に置いた端末に被さった手を止めた。

 荒い息を吐き、その顔と、端末に残る震えた手にびっしりと汗を浮かべている。


「やっ……、た」

『エリイちゃん!』


 やっと、通信機から恋しい声が聴こえてきた。

 全て、作業中の自分が集中するために切っていたためだ。


「ファリア……、さん、私、やりました……。脳が焼けそう……」

『ありがとう、エリイちゃん』


 その通信に次々に声が割り込む。


『エリイちゃん!』

「カザト、さん、間に合いました?」

『……すごいよ、戦場が、止まっている』

「ざまあみろ、ってやつです。兄さん……」


 けたたましい声が続いた。


『エリイちゃぁん! 大丈夫!?』

『無事か?』


 リックとゲラルツのものだ。通信画面に映った半泣きのリックと仏頂面のリックに、エリイは親指を立てて見せた。


『エリイ』


 恐ろしく冷静で、低い男の声が届いた。


「隊長」

『よくやった。こっちも

「結局、どこまで打ち込んだ、っスか」

『クソッタレのあほんだらがいるところから、たった50メルだ。こっからでもよく見える。奴は、慌てている』

「ざまぁ見さらせ、っス。動けなくしたのはたった半分だけど」

『十分だ。もう一度言う。よくやったエリイ』


 ジスト・アーヴィンは黒く塗ったラインアット・アーミーの中で煙草をくわえ、火をつけた。そして腕部の砲口を掲げながら、静かに照準をつけた。


『今日からお前をクソガキ呼ばわりするのはやめてやる』


 照準器の中に捉えられた男――ベルツ・オルソン―—はやっと、目の前の敗北を直視した。

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