第14話 ベルツ・オルソンの敗北

 仕掛けは簡単だった。

 アーミーを生み出した少女が全能をもって造り上げた停止命令の入った電子データアンプルを、ブラケラド・アーミーの司令機に叩き込む。エリイがそのデータを造り上げるまでにラインアット隊は完璧な時間稼ぎを成し遂げた。


 だが、その後が困難だった。ブラケラド・アーミーの司令機は鉄の怪物の大群の中に巧妙に隠されている。うかうかと近付けば赤い機体は格好の目印となって行く手を阻まれ、そして捕捉されてしまう。


「やれやれ、裏方を勤めるようになったら、俺もいよいよ潮時ロートルか」

『馬鹿言ってんじゃねぇっス……。潜入任務なんて成し遂げる方も大概っスよ』

「朝飯前だ。……お前らと潜ってきた修羅場の数が違うんでな」


 黒く塗装された機体、そして盗んだハックした識別信号をジストに持たせてオルソン率いる本軍の中枢に潜り込ませる。こんな破天荒な芸当ができるものは、ウィレ軍の膨大な部隊を総覧したとしても断言できる。


 ラインアット隊をおいて、他にいなかった。


「クソチビ」

「だぁっ、言わないって約束……!! ――あっ」

「あたしゃ何の約束もしてないよ」

「アンのバ……。ポーピンズ中佐」


 エリイの背後から、アン・ポーピンズが葉巻を吹かしながら登ってくる。


「よくやった、ガキども。あんたらを誇りに思う」


 魔女と呼ばれた女は、いつもの意地の悪い笑みを浮かべた。


「さ、後は坊主が引導を渡す時間だ」


 アンはそう言って、エリイの隣に胡坐をかいて座り込んだ。


「坊主?」

「政治屋ってことさ」


 太陽がついに沈もうとする中、全てが終わろうとしていた。




 ベルツ・オルソンは、これ以上ブラケラド・アーミーを頼みとするほど愚かではなかった。その一方で、自身の敗北を認められるほど賢くもなかった。


「指令を出す。第三砲兵師団に連絡しろ」

「閣下……? 第三砲兵師団は――」

「核弾道弾をモルトランツ宇宙港に放て。モルト軍を宇宙に上げるな」


 参謀が絶句する中、ベルツは顔を赤黒く染めながら牙を剥いた。


「このような終わり方を認めるものか。認められるものかッ!! 清浄な惑星ウィレ・ティルヴィアの大地に、モルトの害虫の牙城などいらぬ!」

「閣下、しかしながら宇宙港には多くの民間人がいます。それにブラケラド・アーミーだけでなく友軍の兵士も多数いるのです」

「このような失態を晒す無能な兵士など、私の麾下にいらん! 貴様が出来ぬというなら私が実行する。通信機を――」


 ベルツが通信士に腕を伸ばしたその時だった。


「やめよ、ベルツ・オルソン」


 凛とした少女の声が響いた。ベルツはこめかみに青筋を立て、鋭く振り向いた。


「この私を呼び捨てにするだと、貴様どこの――」

「オルソン。私の声を聴き忘れたのか」


 振り返った先。そこには白い制服を身にまとった将校が立っていた。

 長い金髪に整った顔の面には宝石を埋め込んだかのような碧眼が収まり、気の強そうな細く鋭利な眉の下にある。そして白磁のように白い肌。高貴なる家の者であることは明白だった。


 そしてその少女こそ、この惑星では唯一無二とさえ言える真の名門に属する者だった。オルソン家をしのぐ家といえば、もはやシェラーシカ家を置けば一つしかない。


 参謀が唇を震わせながらくずおれた。


「アメリアス・マリーネ・シュトラウス大公女殿下……!」


 ベルツは椅子から立ち上がった。そうして、手負いの雄牛のようにゆっくりと司令席から降りると、少女の面前に立ち塞がった。


「大公女殿下、なぜこのような所へ――」


 その大公女の背後に、もう一つの影が差した。


「私が、お連れ参らせたのだ」


 初老を迎える重々しい男性の声。

 その声を聴いたベルツは赤黒く染めていた顔面を白く青ざめさせた。

 茶髪を肩先まで伸ばし、ウィレ軍将官の中で最も上質の制服を身につけた男だった。目は大きく、見る者を圧倒するような眼光を放ち、後ろ手に腕を組んでいる。病にかかっているようで幾らか痩せてはいるが、軍帽から覗く眼光が、あのベルツ・オルソンという男を緊張させている。


「久しぶりだな。オルソン。ウィレ・ティルヴィア惑星総軍元帥、シェラーシカ・ユルが命ずる。手を引け」


 ベルツはついに、自らの権力の象徴であった鞭と拳銃を取り落とした。




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