第15話 君臨する者たち
シェラーシカ・ユル。惑星ウィレ・ティルヴィアの軍事最高位者にして、ウィレ・ティルヴィア議会に強力な発言権を持つ元老であり、この大戦の功労者となりつつある公女にして陸軍将校シェラーシカ・レーテの父親である。
ウィレ・ティルヴィアただ一人の元帥。
そして議会は現状、この男以外の元帥位就任を頑として認めていない。
権勢を欲しいままにし、議会を動かすことさえ容易な権力者ベルツ・オルソンでさえたどり着けない頂にいる唯一の人間だ。その男が、シュトラウス大公女を連れて自分の牙城へとやってきている。
馬鹿でもわかる。惑星最高位の人間を擁するということがどういうことか。
自分の目論見は明るみに出た。そして敗北した。
この男をベルツは憎み、かつ恐れていた。砲弾も刃物も使うことなく、相手を屈服させることができ、自分の存在のみをもって「お前は失敗した」と語ることができる目の前の男を。
「そんな、何故――」
「何故、私がここいるかだと。そのようなこと、わかっているのではないか」
ベルツ・オルソンは二年前、目の前の男を打ち負かして、失脚させたはずだ。難病にかかり自邸から出られぬほどに衰弱し、この戦争も一年が経とうとする今日まで、何の動きも見せなかった。
「この一年。私が本当に何もせずに過ごしていると思っていたのか。オルソン」
「馬鹿な、お前は、お前は――」
「病を得たのは事実だ。そしてそれは今もこの身を蝕んでいる」
だがな、オルソン。
そう前置きした上で、シェラーシカ元帥はアメリアスに静かに断りを入れ、ベルツの前へと立ちはだかった。背丈もそう変わらず、やせ衰えた病人。しかし、周りで見る者の眼には、目の前の病人の方がベルツ・オルソンよりはるかに巨大に映った。
「この惑星の危機にあってなお、私が出てこないと思ったのか」
シェラーシカ元帥が踏み出し、ベルツが後ずさった。
「私がどのような男か、貴公ほど知っている者はいないというのに」
「く……」
「私が総司令官の職を辞する時、貴公は言ったな。"政治は面白い。何度でも敵を殺すことができるのだ"と。それが自分に降りかからぬと思っていたのか。私がもう一度、蘇ってくるとは思わなかったのか」
青ざめたままベルツ・オルソンは歯を噛んで反論を試みようとして、失敗した。
彼はもう、完全に呑まれている。
「それにな、見よ」
司令部の大画面に、あるものが映し出された。
それを見たベルツは呻くような声をあげて、口を開けたまま動かなくなった。
そこに映し出されていたもの、それは――。
「私と、大公女殿下だけではないのだ」
☆☆☆
「貴方はこの惑星の象徴となる御方です」
「惑星とそこに住む人々の幸福のために生きることこそ、貴方の役目なのです」
「シュトラウスであるというだけで皆は貴方に従うのです。シュトラウスが命じると言うだけで、人々は喜んで死ぬのです。喜んで人を殺し、道を踏み外すのです」
「ですからどうか、その時が来たら役目を果たしなさい。貴方を含める誰もが道を踏み誤らぬように、誰もが暗闇の底へ落ちないように。貴方が照らすのです」
幼い頃、叔母が言った。大人になった今でも、良く覚えている。
正直な話をすれば、怖かった。
いや、もう一年に渡ってずっとそう思っている。
臆病者、ボンクラ、あらゆる言葉で大凡人と言われてきた世間の声を知らないわけではない。そんな自分が惑星の指導者になってほしいと頼まれた時、最初は泣いた。失禁しそうになった。
宇宙の片隅で始まった戦争。他人事のように過ぎ行く紛争と変わらぬ、そう思っていた。だが、すぐにモルトから鋼鉄の巨人がやってきた。大地を踏み荒らし、瞬く間にウィレの半分が手に落ちた。
そしてある日、アルカナ議長がやって来た。惑星の象徴となって欲しいと彼は言った。これまでのように逃げられないであろうことも随分前からわかっていた。それでも逃げ出したかった。
だが、それ以上に幼い頃からの役目だけは守らねばと思って、その要請を受けた。
だが無理だった。議会がモルトへ降伏しようと傾いた時、自分はそれを止めず、従おうとした。あんなバケモノに勝てるはずがないのだ。こんなに恐ろしい目に遭うくらいなら、さっさとモルトと和平を結んでしまった方がいいに決まっている。
だが、それをたった一人の少女がひっくり返した。従妹にあたる、公家の長女が。惑星陸軍大尉に過ぎないひとりの女が、全てを覆した。
少女による全てが済んだ後の万雷の拍手の中で、自分は泣いた。自分には、あんな真似はできない。心からそう思った。
そこから先は与えられた役目を果たすことだけを考えた。
戦おうと言われて、戦いを宣言した。議員は喜んで従った。
戦うなと言われれば休戦命令を議会に出した。議員は諾々と従った。弟からは散々に怒鳴りつけられた。
オルソンに庇護すると言われれば、シェラーシカを捨ててそちらに転んだ。議員は何も言わなかった。弟は大喜びし、今度は妹に叱られた。
そんな時、若くして死んだ叔母が最期に言った言葉を思い出した。
それでも、自分は常に蚊帳の外で、西大陸の戦況もベルツ・オルソンが伝えてくれる内容はずっと一緒だった。「全て順調」と。誰もが知りたいことを教えてくれない。やりたいこともない。あったとしてもやりたいようにはやらせてくれない。結局、それがシュトラウス家に生まれた人間の運命なのだと思った。惑星を照らすべき存在になるなど、所詮無理な話だったのだ。
そんなある日、屋敷に客人がやってきた。
燃えるような夕焼けを背にし、恭しく頭を下げながら彼は言った。
「アウグスト・シュトラウス殿下。お迎えにあがりました」
数年ぶりに見る客人……シェラーシカ・ユル元帥は、面を上げた。
「シュトラウスの人間として、その時が来たのです」
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