第12話 反攻、紅き怪物と鉄の騎士
運河の中心でキルギバートとカザトは並び合い、機体を深く沈み込ませた。
「遅れるなよ」
水面に白刃が水平に着水し、そのまま沈む。腰まで運河へと浸かり、水下に刃を寝かせながらキルギバートは静かに呟いた。
「わかってる」
カザトは大鋸を水面から担ぎ上げるように構えて応じた。
「エリイちゃん、聴こえるか」
『――聴こえてます、カザトさん』
「あれを、全部壊す。いいんだね」
『……お願いします。あれは絶対に世に出してはいけないものなんです。それを動かしているのが、あたしたちの血を引いた"きょうだい"であっても』
「エリイちゃん」
『あたしも、兄さんを、やっつけます』
「わかった」
カザトが大鋸を回し、キルギバートの機体が滑るように突進する。多くのグラスレーヴェンを戮してきたはずの、ブラケラド・アーミーの弾幕が不思議なほどに当たらない。
黒い影の腕が背中から伸び、蜘蛛の足のように展開する。だが、その間隙にキルギバートは黒い怪物の肩に飛び乗り、逆手に持ったヴェルティアを、ずん、と振り下ろしている。
首に刃を突き立てられた黒い怪物が黒い血液を撒き散らし、身を捩って暴れる。肩に乗り上げたグラスラーヴェンが剣をひねると影の手は消え、怪物はぐったりと項垂れて動かなくなった。
その左右から新手が襲い掛かる。剣を引き抜く合間に、キルギバートを両断するつもりか、その手にある凶器を振り上げた。
「カザト!」
キルギバートの叫びが響くよりも先に、大鋸が振り抜かれた。
「背中だ!」
「う、お、おおっ!」
斬撃に叩き落とされた黒い怪物が身悶えして起き上がろうともがく。そこに片方の生き残りが、カザトを見て動きを止めた。
――なぜ味方が自分たちを攻撃している?
黒い怪物が硬直する。カザト機と睨み合い、数瞬ののちに黒い怪物は目を赤く輝かせた。彼を敵と認識し、滅ぼすべく凶器を振り上げた。
だが、それがカザトを襲う事はなかった。黒い怪物の首筋から白刃が突き抜ける。信じられない様子で、黒い怪物が悲し気な鳴き声を上げた。生命を認識し、それを屠るべく生み出された鋼鉄の生き物。
「ごめん」
カザトはその怪物に鋸を振り上げ、引導を渡した。胴体に喰いこんだ大鋸は黒い怪物を真っ二つに断ち割った。
キルギバートは鼻を鳴らした。だが、カザトをなじることはなかった。
「新手が来るぞ」
「……ああ!」
その頃、宇宙港へと向かう大橋のたもとでは黒い濁流を食い止めるべく、ラインアット隊の先駆けと、キルギバート戦隊の双翼が大立ち回りを演じている。
「うっだらぁ!!」
リックの紅い機が突撃し、黒い怪物を翻弄する合間にブラッドのグラスレーヴェンが背中を白刃で突き抜く。怒り狂った黒い怪物が振り返った直後、黒い腕を展開するが、それは全てゲラルツの機体が叩き落とす。
ブラッドがすかさず、ディーゼを構えた。
「遅ぇんだよ」
三発、撃った。それで充分だった。
中核に叩き込まれた徹甲弾は黒い怪物の息の根を止めた。
撃破成果を取られたリックが地団太を踏んだ。
「だああっ!! 初めて組むのに、どうしてこんなに息が合うんだよ!?」
「テメェらの呼吸なんざ、何度も戦って織り込み済みだ」
ブラッドが腕を組み、片方の拳を突き上げた。
それを見たゲラルツが凶暴な笑みを浮かべた。
「へえぇ、リック。アゲてくぞ。ついて来いや」
「上等!」
一方、隙もなくたった一機で黒い怪物と渡り合っている者がいる。
こちらはクロスであった。ヴェルティアを逆手に持ち替えて繰り出し、飛び跳ねては黒い怪物を翻弄していく。
黒い怪物は数機がかりで、動き回るクロス機を追尾する。
「動く標的に向かっていくなんて、本当に捕食動物みたいだ」
背面から黒い影を展開しようとブラケラド・アーミーが身構える。だが、その隙こそクロスが望んだものだった。
「敵戦列中央、窒素弾装填」
腰の後ろから取り出した無反動砲を構えて、狙いもつけずにぶっ放す。爆発に吹き飛ばされた黒い怪物の屍を越えて新手が襲来する。
「対装甲貫徹徹甲弾装填」
女の声が響いた直後、黒い怪物の頭部が吹き飛んだ。
喉首には大穴が空いている。
ファリア機は運河を遡って宇宙港隣にある丘から長砲身を構え、折り敷いている。
「いい狙撃ですね」
「――どうも」
クロスの発射した窒素弾がガラス球のような爆発を巻き起こし、運河の出口をもう少しだけ広いものへと変える。吹き飛ばされ、たじろぐ黒い怪物の戦列に、矢のように鋭い狙撃が突き刺さる。三機のアーミーがその脚部を吹き飛ばされて河の中へと水没していく。
――恐ろしいくらい正確な狙撃だ。それは、これまで無事じゃすまないよな。
キルギバートも、ブラッドも、クロスも、皆ファリアの狙撃を喰っている。
身震いする思いだが、それでもクロスは気を取り直して構え直した。今はその正確無比な攻撃に守られている。
「やれる。押し返せる」
黒い怪物が躊躇い始める。
彼らは生まれて初めて、恐怖というものを識ろうとしている。
「何故だ」
戦線が十機にも満たない"邪魔者"によってせき止められている様子を、ベルツ・オルソンは呆然と見ていた。理解が出来なかった。物量、火力、兵器の質、全てにおいて勝っているはずの北方州軍が旧式のアーミーと、狩られる側であるはずのグラスレーヴェンに遅れを取るはずがない。
硬直した思考はやがて憎悪に転じ、そして憤怒へと変わった。顔を赤黒く変色させたベルツは、その怒りを陪席する若い男にぶつけた。
「どういうことだ!! サムクロフト!!」
怒鳴られたレオンハルト・サムクロフトも硬直したように目前の戦場に釘付けとなっている。構わずにベルツは彼をなじった。
「貴様の言う究極の生命体の、あのザマはなんだ! 何の役にも立っておらぬではないか!! 貴様の責任だぞ! 貴様の造った生命体が欠陥品だからだ!!」
レオンハルトは、ベルツの罵詈雑言に何の反応もせず、ただ目の前の戦場を見つめていた。呆気に取られたような無表情は、やがて口元が吊り上がり、今までにないほどの狂気的な笑みに変わった。
「素晴らしい、素晴らしいよ、エリイ。それでこそ僕の妹だ……!!」
「貴様、何を言っている! 私の話を聞いているのか!?」
苛立つベルツに対してレオンハルトはややあって、ゆらりと向き直った。
「閣下、我々は今、可能性というものを始めて目撃しようとしているのですよ。万に一つ、億が一の小さな可能性というものを」
「可能性だと?」
レオンハルトは拳を握りしめた。そして賞賛を極める声音で高らかに謳った。
「ブラケラド・アーミーが戦場の支配者という玉座から陥落する可能性をね」
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