第11話 共に戦う


 変化はすぐ訪れた。

 キルギバートはすでに宇宙港の傍を流れる運河近くまで機を乗り入れていたが、彼を追う鋼鉄の怪物たちはそれまでと違う凶暴さを見せ始めた。グラスレーヴェンに殺到するだけでなく、四方八方へと秩序無く火器を乱射し始めた。

 そして、その砲弾は次々に市街地と宇宙港へ着弾した。


『やめよ!! 貴様らは民間人を攻撃している!!』


 キルギバートは白刃を振るってブラケラド・アーミーの素っ首を叩き落とした。だが、首を失ったアーミーは沈黙するどころか"影の手"を四方へ伸ばし、滅茶苦茶に振り回し始めた。


「な、に……ッ」


 黒い怪物どもの流れは止まらない。次々に宇宙港への運河へと機を乗り入れ、周囲に存在するあらゆるものを薙ぎ倒し、打ち壊して進んでいく。


「宇宙港を破壊して俺達を逃さないつもりか!!」


 キルギバートが拳で座席を打った直後、司令部からの通信を告げる電子音が鳴り響いた。


『大尉、よいか』

「グレーデン閣下。奴らは宇宙港を破壊するつもりのようです」

『いや、そのような生易しいものではない。奴らはもう一つのものを狙っている』

「なにを?」


 グレーデンは一瞬だけ顎を引き、押し黙る逡巡を払って画面の外へと目を向けた。


『アーレルスマイヤー大将、よろしいか?』

『承る。キルギバート君だったな。奴らが狙っているもの、それはモルト系住民の避難区域だ』


 その言葉はアーレルスマイヤーが画面に現れた以上の衝撃だったらしい。キルギバートは硬直したように動きを止めた。


「なぜ――」


 キルギバートは吼えた。

 そのようなところに戦略的価値があるとは思えない。そのようなことをして、戦略的な意義があるとも思えない。ウィレはモルトランツを解放しに来たのではないのか? 俺達を悪者にして、解放者となる。それでもう十分ではないのか?


『君の言う通りだ。だが、ウィレ軍も一枚岩ではないのだよ。私は今、その彼らに傍受されないように君の軍の司令部の秘匿回線を使って話している。それこそが今の現実だ』


 アーレルスマイヤーが自軍の回線を使わずにキルギバートへ語っている。それはすなわち、彼が今行っていることは――グレーデンと同じく――反逆を意味する行為だということになる。


『これはウィレ・ティルヴィアの軍人としては行うべきではない、許されない行いだ。だが、ひとりの人間として今の現実を見過ごすより、はるかにマシだ。グレーデン将軍と君に伝えなければならない。我々の軍の中には、度し難いほどに限度を超えた”反宇宙移民主義者”がいる。彼らにとってこのモルトランツ解放作戦はもう一つの意味がある。それは、この都市に住むモルト系住民の抹殺だ』

「何故だ、何故なんだ!」


 キルギバートは頭を抱えた。


「彼らは我々がモルトランツを併合するまでは貴国政府の一員だったのではないのですか!」

『彼らはそうは見なさない。ずっと前から、この街のモルト系住民は、彼らの眼から見て咎人だった』

「この街で生きている彼らには何の罪もない! 俺達が来なければ、普通に暮らしていた。おとなも、子どもも……それが罪人だと言うのか!?」

『そうだ。2世紀前の最終戦争。それを巻き起こしたモルト国の末裔だと。君も彼らの代表の人間の言葉を聴いただろう。君たちの姿は彼らの眼には”害虫”として映っている。それに加担する我々も同じように見ている事だろう』

「ならば、ならばそいつらにとって、このモルトランツ解放は……」

『――彼らはこの街を言葉通りの意味で、まっさらにしたいのだよ』

「そんな……。そんなことの――」


 キルギバートはコクピットから外界を見据えた。

 首を切り飛ばされたブラケラド・アーミーがゆらりと立ち上がる。操縦室が剥き出しとなったそれはもう一度、大砲鋸を振るい上げてグラスレーヴェンへと襲い掛かった。


「そんなことのために!」


 キルギバート機の剛剣が一閃した。その両腕を切り飛ばされた黒い怪物が運河の岸から足を踏み外し、盛大な水飛沫をあげて落水する。川底は浅い。半身が使った怪物はもがき上がろうと呻き声を上げた。

 そこへとどめを刺すべく、キルギバートは機を河へと乗り入れた。グラスレーヴェンの眼が操縦室を捉える。


「――なんだ……?」


 そこに人は、いなかった。

 だが、確かにグラスレーヴェンは ブラケラド・アーミーの喉元に生体反応を捉えている。

 機体の眼が望遠でその中身を確認した時、キルギバートは息を止めた。


『君にもう一つ、明かすことがある。ラインアット・アーミーを生んだ、勇気ある才媛が教えてくれたことだ』


 コクピットには、人であって、人でないものが埋め込まれていた。

 それは胎児のようで、人の形をしていない。例えるならば胚のようなもの。

 あるいは魚か、あるいは、いや、もっとも正確な言葉で表現するならば。


 今だカエルにならない、足の生えた、尾のないオタマジャクシのようなものが、機体を動かす中枢に、円筒形の容器に詰め込まれ、動力線に繋がれていた。そしてその目は明らかにグラスレーヴェンを認識し、そしてその中にいるキルギバートを認識し、青から赤く光っていた。


『ブラケラド・アーミーの操縦者は、そうあるべくして造られた生体部品だ』

「そう、あるべく?」

『戦場に存在する、全ての生命の殺戮。戦場にある究極の捕食者。それがブラケラド・アーミーの正体だ』


 そして。


『この戦場は、その怪物のために拓かれた実験場だ』


 キルギバートは雄たけびを上げた。

 それは一頭の獅子が憤激し、ただ一頭によって、己の存在をもって畏怖させるべく咆哮する姿に似ていた。


 機体の白刃が閃いたのと同時。

 ブラケラド・アーミーの核が、姿形さえ残さず、粉々に斬り飛ばされた。


 捕食者を屠った新たな捕食者キルギバートを、戦場にある全てのブラケラド・アーミーが認識した。


 黒い怪物、その眼が禍々しさのある赤に光った。そして怪物どもはたった一機のグラスレーヴェンに殺到し始めた。一騎に対して襲い掛かる怪物の数は数百。結果は見えている。キルギバートの技量をもってしても、この数ではなぶり殺しに遭うだけだ。それでも彼は牙を剥いて守るべき宇宙港を背に立ちはだかった。


「来い――」


 白刃を担いで構え、立往生する覚悟を整えたまさにその時――。

 キルギバートの目の前に赤い光が飛び込んだ。

 それは黒い怪物と彼の間に割って入ると、手にしていた刃を回して黒い怪物の群れを一町向こうへと追いやった。


「……カザト・カートバージ!」


『君以外に、この真実を伝えた者がいる。それは、君達を助けるべく、この戦場に飛び込んだ戦線を穿つ者たちだ。そして、彼らがキルギバート君と戦った経験記録はすべて、あの黒い怪物の開発に活かされている』

「カザト・カートバージ――」


 通信の向こうで、カザト・カートバージは泣いていた。


「俺はずっと、英雄になりたかった。ウィレ・ティルヴィアの、ウィレの誰もを救える力が欲しかった。だけど、それだけじゃない。隊長と、ファリアさんと、ゲラルツと、リックと、エリイちゃんと……! 仲間と一緒に、仲間のために戦ってきた」

「お前――」

「だけど、その戦いが、今日この時、人を殺すためだけに価値があると言うなら……あの黒い怪物を、俺は倒す。だから――」


 キルギバートの横にカザト・カートバージは立った。己の戦いを悪しき方へと利用された悔しさに泣きべそをかいて、歯を食いしばりながら刃を構えた。


「奴らをやっつけよう、キルギバート。俺たちと一緒に。頼む、力を貸してくれ」

「わかった。戦ってやる」


 キルギバートは機の頭上に白刃を構えた。その刃が夕陽を受けてひと際輝く。


「お前と一緒に戦ってやる」

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