第四章 月の鷹と猛き獅子-地上戦完結編-

第1話 黄昏の戦鬼


 大陸歴2718年11月中旬。

 惑星ウィレ・ティルヴィア東大陸、北方州都ベルクトハーツ南部。


「敵が来るぞ、群れで来るぞ!!」


 真っ赤な夕焼けの中、モルト語の悲鳴にも似た叫びが響いた。

 火器を構えたグラスレーヴェン部隊の隊列が乱れる。漆黒の戦闘服を着たモルト軍装甲歩兵が逃げ惑う。数か月前であれば誰もがこのような光景を予想し得なかった。

 もはや、この地のモルト軍は戦う前から敗北していた。


 砂塵が舞う。岩石を含んだ砂塵を巻き上げて、鋼鉄で身を固めた甲殻類のような怪物の群れが疾駆する。行く手に立ち塞がるものはことごとくが弾かれ、轢き潰され、破壊されていく。怪物たちの牙顎どころか、その足先に掛けられただけで無敵と言われた鋼鉄の騎士が蹂躙され、粉々になっていく。

 兵の望みは、もはや勝利から生存へと切り替わっていく。そんな最低限度にして純粋な願望さえ鋼鉄の怪物たちは容易く轢き、潰えさせていく。


「おしまいだ」


 ものの数分で、この地を守るグラスレーヴェン部隊は全滅した。後に残された兵士たちは銃を杖にして絶望し、立ちすくんだ。


「もう駄目だ―」


 化け物が腕を向ける。戦塵と煤で薄汚れた腕からは目のような砲口が睨んでいる。吐き出される炸薬弾が、同胞を細切れにし、ボロ切れのような変わり果てた姿に追いやる光景をモルト兵たちは嫌と言うほど見てきた。昨日は同胞、そして今日はついに自分たちの番だ。


 愕然と砲口を見つめた兵士たちの前で、砲口が唸りをあげようとした刹那−。


「さがれ」


 兵士たちの立つ地面が揺れた。濛々と砂埃が舞い、土がばらばらと降り注いでくる。巨大な何かがモルト歩兵たちの眼前に着地したとわかるまでに数瞬を要し―、その一瞬で、地面に何かが落ちた。


 アーミーの腕が転がっている。


「無事か」


 兵士たちが顔を上げた。砂埃の晴れた先に、左腕をもがれた、巨大な漆黒の騎士が立っていた。残る右腕に掲げた白刃は陽の光を受けて紅く輝いていた。


「早く行け。ここは任せろ」


 兵士たちが頷き、駆け出していく。その背中をコクピットから見届け―。


「ブラッド、クロス、カウス、準備はいいか」


 ウルウェ・ウォルト・キルギバートは操縦桿を握りしめた。

 片腕のグラスレーヴェンが高々と剣を掲げる。背後から三つの影が跳梁し、追い詰めに迫るアーミーを片っ端から切り刻んでいく。腕と足を切り刻み、擱座させていく。


 倒れ伏したアーミーが地面に取り落とした回転鋸に手を伸ばした。その手を、片腕のグラスレーヴェンが踏みつける。


 さかしまに立てた切っ先が、ずん、と落ちる。

 呆気なく、鋼鉄の怪物の息の根は止まった。


「ここを抜けると思うなよ」


 刃を捻って抜くや、噴き出すオイルの返り血を浴びたグラスレーヴェンは刃を前へと振りかざす。鋼鉄の巨人兵に睨まれた怪物たちが後ずさった。


「モルト軍の底力、見せつけてやれ」



 モルト・アースヴィッツ軍によるウィレ・ティルヴィア侵攻から10か月。地上での戦闘は形勢逆転し、もはや佳境を迎えつつある。

 そして最後の戦いとなった二か月に及ぶ戦闘は、後世で次のように伝わっている。


―黄昏戦役―と。


 物語は再び、夕焼けに照らし出される銀髪の戦鬼の姿から始まる。

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