第38話 分かれ道
「すべて丸く収まりましたか」
公都シュトラウスのウィレ・ティルヴィア軍総司令部参謀本部では、第一軍参謀長の椅子に座ったヤコフ・ドンプソン少将が報告を受けている。手にはもちろん、いつもの砂糖菓子があった。
相対している亜麻色髪の女性将校は報告書を閉じて頷いた。
「ラインアット隊の瓦解は避けられたようです」
「あなたは随分、あの隊を買っているようですねぇ。シェラーシカさん」
「……そうでしょうか?」
「ウィレ・ティルヴィア軍において、エリートではなく様々な出自、境遇を抱えた兵士による新兵器実験部隊。本来であれば使い捨てられてしかるべきだが」
シェラーシカは少しだけ、むっとした表情を浮かべ首を横に振った。
「使い捨てなんて、私は……オルソン大将のような愚は犯さないつもりです」
ヤコフは眉を下げた。ベルツ・オルソンが犯したノストハウザンの戦いの前に起きた新兵器実験部隊の全滅。その愚を止められなかった後悔は、数か月がたった今もシェラーシカを苛んでいる。
「そうであってほしいものです。でないと、あなたの先生役である甲斐がない」
「それよりも」と、ヤコフは前置きし椅子から立ち上がった。
「貴方にお呼び出しがかかっていますよ」
シェラーシカは小首を傾げた。司令部から諮問を受ける事柄はすべて解決しているはずだ。彼女に対してヤコフは笑みを深くし、一言だけ「急ぎなさい」と促した。
同日夕刻。
公都シュトラウスに帰還したシェラーシカは、荘厳にして広大な廊下に、ひとり佇んでいる。
その廊下は人々から"水晶窓の間"などと呼ばれている。豪華にして人の背丈の五倍はある水晶窓が数十メルも続く廊下にずらりと並んでいる。
そこから空を見るシェラーシカの表情は緊張していた。日がとっぷりと暮れ、辺りは既に藍色と橙の混ざった空模様となっている。空はいつしか低くなり、流れる雲は灰色を帯びている。冬が近い。
人の気配がする。シェラーシカは振り向いた。
反対側の壁面に、人二人分の背丈はあるだろう両開きの樫造りの大扉があった。
その扉が、ぎぃ、と音を立てて開いた。
「―シェラーシカ殿」
中から、恐らくこの惑星でも最も高級な部類に入る、上質な背広を着た侍官が声をかけた。
「お入りください」
シェラーシカは小脇に軍帽を挟むと、目礼し回廊から室内へ入った。室内には奥に向かい、一直線に真青の絨毯が敷かれている。その上を、侍官について軍靴で撫でるように歩いた。
謁見の間だ。そして、そのようなものを持てる存在は、ウィレの世界に一つしかない。
終点に行き着くのと、侍官の声が響くのは同時だった。
「大公女アメリアス・マリーネ・シュトラウス殿下です」
シェラーシカは侍官と共に片膝を折った。拳を絨毯につけ、威に伏する。
「顔を上げよシェラーシカ」
凛とした、気高い少女の声がシェラーシカの肩に降る。
「最高議会より、そなたに命を下す」
宇宙を隔て、異なる惑星に生まれ、暗闇をかき分けて道を進む者達がいる。
ある少女は"戦乙女"の道を。
ある少年は"英雄を探し求める"道を。
ある青年は"戦い"の道を。
進む先さえ惑わせる宵闇の中、彼らの、彼女らの戻ることのできない戦いが始まろうとしている。
―第三章 少年と戦鬼 完―
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます