第37話 ここからまた歩き出す

 丸々一日の後、営巣の鍵が威勢よく開けられ、扉が蹴り開けられた。

 そこにはいつも通り魔女が立っていた。


「おら、クソガキども。沙汰の時間だ」


 外へと放り出されたカザトとゲラルツは土の上に正座させられる。カザトの頭に何かごわごわしたものが触れた。


「隊長―」


 ジスト・アーヴィンの手だった。傍らにはファリアがいる。


「おう。頭は冷えたか」


 向こう側ではリックがゲラルツに抱き着いて、蹴り飛ばされている。蹴ったゲラルツを背中からエリイが蹴り飛ばした。


「静かにしろクソガキども。あたしゃ学校の先生じゃないんだ。テメェら二人の処分を伝えるよ」

「は、はい!」

「カザト・カートバージ准尉、ゲラルツ=ディー=ケイン准尉を訓告処分とする。なお、前夜において暴力事件を起こしたケイン准尉に対しては不名誉除隊が相応だが」


 カザトは顔を上げた。ゲラルツは苦い顔のままで前を見据えている。アンは一枚の紙切れを見せつけた。ゲラルツ自身が書いた除隊書類だ。


 それを、アンは目の前で真っ二つに引き裂いた。粉々に破り捨て、頭上へと放り投げた。


「依願除隊を認めず、一階級降格し曹長とする。給与は士官から下士官相当に降給だ。アタシがいいと言うまでずっと軍で奉仕しな。身柄は上官ジスト・アーヴィン大尉の監督下に置くものとする」


 以上、と捨て置いてアンは背中を見せて歩き出した。


「こんの……!!」


 ゲラルツが青筋を立てて立ち上がった。


「クソババァーッ!!」


 背を向けたままアンは哄笑した。


「ウッヒャッヒャッヒャ、それくらい元気があれば大丈夫だ! テメェらが営巣へぶち込まれている間に、ちょうどよく補給も終わったことだ。明日からまた、せいぜい戦ってもらうとしようかい」

「ポーピンズ中佐!!」


 「あぁん?」と首を捻じ曲げて振り返った先で、カザト・カートバージは頭を下げた。地面に額をこすりつける勢いだった。


「あ、ありがとう、ございます!」


 ふん、と鼻で笑い飛ばし、アン・ポーピンズは歩き去った。

 二度と振り向かなかった。


「よかった、よかったなぁゲラルツ」


 泣きながらゲラルツに抱き着くカザトとリックに対してゲラルツは青筋を立てたまま怒鳴り声を挙げた。


「どこがいいんだよ!! オレだけ降格とかふざけんなよ!!」


 エリイが鼻水を垂らしながらゲラルツの背中を蹴り飛ばした。砂の地面にゲラルツが頭からめり込んだ。


「うるせーアホンダラ、テメェなんか死んじまったってよかったくらいッス!!」


 ぎゃあぎゃあと喚く隊員たちを見て、煙草をくわえたままジストは声もなく笑った。ファリアも少しだけ困ったような笑みを見せている。


 カザトは顔を上げた。涙で澄み切った視界に真っ青に晴れた空が広がっている。


 負けてしまった。それでも得たものはあった。

 いや、何も失ってはいなかった。


 ここからまた歩き出していくのだ。

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