第16話 戦車兵の講義-グラスレーヴェンの強さとは-
マールベルンから西へ150カンメル。ちょうどノストハウザンとの中間地帯に当たる平原に、ウィレ・ティルヴィア陸軍の一隊が待機していた。連装砲身を持つ主力戦車に、眠るように伏せている戦闘無人機。一般的なウィレ・ティルヴィア陸軍の機甲部隊だ。
唯一違うのは、その兵器の装甲に白百合―公都シュトラウス所属を示す―の紋章が刻まれていることだった。
そんな、優美な印章を施された武骨な鉄の群れの中では、兵士の集団がこじんまりとした輪を描いて座っている。
「グラスレーヴェンの強さって何だろう?」
その輪の中心で、ウィレ・ティルヴィア陸軍戦車兵の青い戦闘服を着た青年がそう切り出した。夕焼け空を逆光に、さらに軍帽とゴーグルを身に着けた青年の顔はよく読み取れないが、口元には穏やかな笑みが浮かんでいた。
「ちょっと考えてみようか。わかるかな?」
切り出した青年の襟元で、ウィレ陸軍少佐の階級章が光った。
切りだされて、平野に腰を下ろしていた隊員たちが戸惑う。多くが歳若く、ほとんどが少年と言ってよい年齢だった。ウィレ・ティルヴィア政府、そして軍はこのほど、志願兵制を導入した。
「大隊長」
「うん? よし。それじゃ、君に聞こうか」
若い兵士の一人がおずおずと手を挙げる。持っていた指揮棒を振って、大隊長と呼ばれた青年は手を挙げた回答者を指した。
「装甲ですか?」
「そう思う理由は?」
「グラスレーヴェンの装甲の前に、我々の砲弾は何度も弾かれています。あの重装甲は、脅威だと考えます」
青年は笑みを深めた。ほとんど無邪気な少年に近い笑顔だった。
「正解だ! だけど、まだ足りないな。他には?」
青年は手を広げて見せた。
誰でもいい。好きに言って。と、回答を歓迎するように手を振り、身振りを見せ、おどけてみせる。
「火力!」
「機動力だと思います!」
少年兵たちがそれに乗った。
「うん、いいね」
青年は頷いて、「いったん打ち止め」と言うように手を振った。軍人というより、まるで教師のようだった。
「火力、と答えた……そう、そこの君。何で思った理由を聞かせてくれないかな?」
「こっちが一発撃つ間に、僕らの戦車砲と同じ大きさの弾を何十発も撃ち返してくるからです」
グラスレーヴェンの手に持つ機関砲。歩兵の機関銃と同じ見た目をしながら、巨大な砲弾を打ち出してくる猛獣-ディーゼ-。その威容を思い出した兵士たちは一様に怖気を振るった。
青年は頷いた。
「機動力と言った君、なんでそう思うんだい?」
「あいつらは走るし、しかも飛べるじゃないですか。何カンメルも離れた所から先手を打っても、一瞬で距離を詰めてくるんです」
他の兵士も和した。
「見つかってから悠長に逃げても、まず逃げられない。あっ、と言う間に追いつかれてしまいます」
「そうだね。その通りだ」
青年が肯定し、区切りを置く。他に、人間のような動きだとか、手足を持っているなどの回答が出たが、青年は面白がらずに笑みを湛えて肯定していた。
ある程度、回答が出て場が静まった時だった。
「みんな、ありがとう。でもまだ足りないな。肝心なものが抜けてる」
皆が顔を見合わせる。幾ばくか時間を置き、回答が出そうにないことを確認した青年は自分の頭の上に手をかざした。
「グラスレーヴェンの大きさ、だよ」
皆がああ、と一様に同意した。彼らの中でグラスレーヴェンが大きいことなどはわかりきっていたが、開戦してこうも日が経つと当たり前になった感があったようだ。
「グラスレーヴェンはどんな環境でも僕らより圧倒的に優位に立てる。それが当たり前なんだ。索敵に必要なセンサー、レーダーを着けた監視塔に手足がくっついてる。しかも移動しているんだからね」
青年は続けた。「大きい、高さがある、ということはそういうことなんだ」
青年の言葉に対し、皆が神妙に頷いた。
「強いグラスレーヴェンを倒すため、僕らがすべきことは、三つだ」
青年は指を三つ立てた。一つ目を折りたたむ。
「ひとつ。グラスレーヴェンに気付かれないこと。不意打ちされたら、誰だって驚く。そこが僕たちにとって最大の好機になる」
二つ目を折りたたんだ。
「ふたつ。グラスレーヴェンの予想できない方向にいること。不意打ちしたって、それが真正面だったら意味がない。すぐに反撃を喰らわない場所から、きついのを叩き込むんだ」
三つめの指が畳まれ、握り拳が作られる。
「みっつめ。この攻撃で、確実に、グラスレーヴェンの弱点を突くこと。こうすれば、僕らの戦車や無人機でもグラスレーヴェンを倒せるんだ。そう―」
夕陽が幾らか沈み、きつく射していた逆光が和らいだ。青年は背後にある戦車を振り向いた。戦車の装甲に、十本以上の簡素な斜め線の印がつけられている。
「今までどおりにね」
隊員たちが頷き、青年は講義を終えた教師のように頷いた。
「それじゃ、これからマールベルンへ向けて進撃―」
青年が言いかけたその時だった。
「いつも変わらず、大した自信だな」
青年の背後から、いくらか低く、それでいてよくとおる野太い声が響いた。
「やあ、―」
青年はゴーグルを軍帽の上へと跳ね上げたうえで脱帽し、声の主へと振り向いた。振り向いた拍子、風に吹かれた癖の強い、硬い黒髪がちらりと揺れた。
青年の
「ブルンナーじゃないか!」
ブルンナーと呼ばれたウィレ陸軍士官は、灰色の制服に黒のフライトジャケットを羽織っている。兵士たちがざわついた。彼の装束は北方州軍団―公都所属軍とは不倶戴天の仇敵―だったからだ。
「士官学校以来だね。元気にしてたかい?」
青年は握手のために手を差し伸べた。
「ああ。お前もな」
ブルンナーと呼ばれた士官は、青年の手を取らなかった。
「大学校首席で、実家は重工の社長で、しかも公都近衛大隊長か。ますますお坊ちゃま具合に磨きがかかっていくな」
ブルンナーはどこか歪な笑みを浮かべて目の前の青年を凝視した。
「エルンスト・アクスマン少佐」
青年―エルンスト・アクスマン―は目を見開いた。それから、ゆっくりと手を下げて、温和な笑みを浮かべた。
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