第15話 グレーデン師団、進発す
数時間後。占領したハッバート高地の施設をそのまま使い、作戦会議室にモルト機動軍、空軍、水軍の重鎮が集まった。
ブロンヴィッツは軍神―戦を司る大いなる存在―に祈りを捧げた後、自らの席に赴いた。
「首尾を
入室とほぼ同時のブロンヴィッツの言葉に参謀総長のフーヴァーが席より立ち上がった。
「ノストハウザンへの各部隊の進軍経路、日程は決定しました。都市部をのぞき、衛星による偵察も完了しました」
「都市部以外とはどういうことだ」
問う彼に、フーヴァーは声音を変えず発した。
「都市部には強力な妨害が張られています。衛星でも見通せません」
「妨害はすなわち、勝利への不確定要素となる。速やかに対処すべきだ。あの兵器はどうなっている」
「"大剣"でありますか」フーヴァーの顔が青ざめた。ベーリッヒが押し黙り、ゲオルクの表情も厳めしいままとなっている。
ブロンヴィッツは頷いた。開戦よりも前に配備を命令しながら、まだ軌道上に展開できないのかと、フーヴァーに対して不満を述べる。
「配備は急ぎますが、まだアレはアルスト機関に最終調整をさせております」
「急げ、とアルスト博士にそう伝えよ。配備が一日遅れれば、その分だけ貴官の責任が増すことを忘れるな。参謀総長」
ブロンヴィッツの言葉は簡素だったが、その一言が他に選択肢を持たせない、絶対的な督促であることは明らかだった。
「それと―。重要な情報をお伝えします」フーヴァーは気を取り直してブロンヴィッツに立体映像を見るよう虚空へと視線を促した。「最初の降下後、入手したものです」
参謀総長はそのまま立体映像を映し出した。身を乗り出すブロンヴィッツ。その映像には、先日の降下作戦の戦果が映っていた。
「これは―」ベーリッヒが呻いた。
写真全体の何割かを占領する円形とも兜形とも見える『何か』。それを、作戦会議室に集っているモルト軍人らは知っていた。
「……グラスレーヴェンの頭部。ウィレ製か」ゲオルク・ラシンが呟いた。
「前作戦にて空爆した際、撮影されました」
どこの部隊が見つけたのだ、とベーリッヒが急き立てた。
「グレーデン機動師団です。司令官のグレーデン中将によれば、これは間違いなくウィレのグラスレーヴェンだと」
そこまで聞き、ブロンヴィッツは忌々しそうにこう答えた。
「……美しくない。不細工だ」
呆気に取られるように、全ての将校が空に映る映像を仰いだ。ブロンヴィッツは続けた。
「こんなもの、グラスレーヴェンの歯牙にかけぬ」
言いつつ、ブロンヴィッツは殆ど無視するように考えだした。彼は自国の技術を信頼していたし、急造品のウィレ製グラスレーヴェンの性能、パイロットの力量を低く見ていた。工芸品のように美しいグラスレーヴェンの威容と人型という特徴を最大限に引き出した戦術。すべてを編み出したのは自分自身であり、作戦会議室に集った古参の司令官たちだ。
元来、グラスレーヴェンほど優れた兵器は他にない、とブロンヴィッツは考えている。漆黒の装甲に身を包み、疾駆すれば騎兵のようで、銃を構えれば砲兵の如く、剣(つるぎ)を取るその姿は剣士のごとし。彼自身はグラスレーヴェンに、過去の歴史において戦地を駆け抜けた様々な戦士を想起していた。
グラスレーヴェンが後れを取ることはあり得ない。
だが、とブロンヴィッツは顎に手を当てた。戦争に勝つには情報がいる。それがどれだけ見くびっているようなものであっても、知らないままに戦略を立てるなど沙汰の限りだ。
「……ラシン元帥」
「―これに」
「グレーデン師団を先発させよ。映像の兵器は稼働していなかったとしても、この兵器は我らの前に必ず現れるだろう。グレーデン中将得意の機動戦で戦線を攪乱するのだ」
「御意」
ゲオルクは頷き、背後にいたシレン・ラシンに声をかけた。若き鷹が飛び立つように会議室を出て行く。
グラスレーヴェンの一切の優位性を認めながら、隙なく、彼は敵軍の新兵器に思考を巡らせるのだった。
大陸歴2718年5月1日。
東大陸ノストハウザンより200カンメル。
農業地帯マールベルン近辺。
現実主義のグレーデンではあったが、一度決めた彼の決断力と師団の猛進は、この戦争を記録するにあたって特筆すべきものだった。彼らはウィレ・ティルヴィア軍の警戒網を突き破り、知らせを受けて急行してきたウィレ軍迎撃部隊さえ次々に撃破し、一日に50カンメルあまり進むことさえあった。時には一師団内部の二個大隊で三個師団を各個撃破することさえあった。
「進め! キルギバートの
猛攻を支えたのがデューク大佐の第一機動戦隊、そして―。
「北東10カンメル先にウィレ・ティルヴィア軍機甲部隊を確認。戦車20両。先頭戦力から最大1個大隊と推測できます」
グレーデン師団機動部隊の兵士は、誰も彼もが機上の人である。クロスが照準望遠器を覗きながら報告する。
「今日も今日とて学習しねえな。うちの師団に戦力の逐次投入は悪手だぜ」ブラッドは戦闘糧食をかじりつつ不敵な笑みを浮かべている。もう凍結で歯を傷めるような恐れもない。
「隊長、指示願います」新兵のカウスも徐々に、本当に少しずつではあるが、戦闘の空気に馴染みつつあった。
その隊員たちに、キルギバートは大きく頷いた。部下の士気の高さを確信し、戦闘に入る決意を固める。
「俺たちの進んだ道は、そのまま友軍の進軍路になることを忘れるな。一気に踏み越えるぞ」
「「了解!」」
「二機戦、掛かれェッ!」
キルギバート大尉の率いる第二機動戦隊だった。特にキルギバートらの二機戦の勇猛さは、この頃のモルト軍部隊に広く知られるところとなった。
大陸歴2718年5月3日には潰した特火点が一日で35か所を越え、歩兵による奇襲、司令官の暗殺を主とする特務部隊の強襲を恐れたウィレ・ティルヴィア軍本隊の司令部が10カンメルあまりに渡って後退したほどだった。
ついには5月5日、グレーデン師団が出たと聞いただけで前線の歩兵大隊が白旗を上げる事態が発生するほど、彼らはウィレ・ティルヴィア軍の恐怖の的となっていた。
「進軍は順調です。ラシン元帥の本軍も我々に後続する形で続いています」ウィレ軍から鹵獲した装甲兵員輸送車の中で、師団長つき副官のパウル・ケッヘルがグレーデンに告げる。歩兵中隊であれば収容できるほどの巨大な箱型の装甲車が、今は彼らの司令部だ。航空戦艦では隠密行動ができないし、何より補給物資を消費しすぎる。
猛進するグラスレーヴェンに続き、ウィレの大地を駆け続けて二週間。これほどの快進撃はモルト軍内でも前代未聞で、師団の士気は高まり続けていた。それでもグレーデンの胸は晴れなかった。ウィレ軍新兵器の発見と交戦こそが、師団に課せられた使命だ。最大の任務が果たせていない。出会うのは旧兵器、戦車、戦闘機といったものばかりだった。
「今日は、いつもの攻撃の気配はないか」グレーデンが問い、ケッヘルが間髪入れずに答えた。「敵の巡航ミサイル発射基地を制圧してからというもの、気配はありません」
時折、巡航ミサイルの攻撃を受けることもあった。しかしグラスレーヴェンの有する索敵機能も常に向上し続けているし、このほど装備された妨害兵器の前には無意味だった。制空権はモルト軍が掌握している。衛星という"宇宙からの目"を独占するモルト軍の中でも、これほどの恩恵を受けているのはグレーデン師団をおいて他にないだろう。
「この先にある市街はマールベルンだな。その郊外で野営し、明日はそこへ入る」グレーデンは言いつつ、地図を取り出して師団司令部と先発する機動戦隊の位置把握につとめた。
―いつ出てくる? 祖国の危機だぞ。
グレーデンは心中で呟き、地図の中のマールベルンとノストハウザンを凝視した。街の間はおよそ200カンメル。ノストハウザンに手が届けば、この戦争の趨勢は決まる。
「二機戦がマールベルン防衛部隊の戦車大隊を撃破しました。師団長、今日にもマールベルンへの入城は叶いますが」
「……大尉への評価を一部改めなければならんか。師団はマールベルンに入城し、市街地中央に司令部を構築する。戦闘部隊は郊外外縁を固めよ」
グレーデンは指揮車輌の天蓋にあるハッチを開けた。装甲車は無人の荒野から、今度はマールベルンへと続くハイウェイを爆走する。高架から、マールベルンの方向を望む。黒煙が高く登りつつあった。二機戦が掃討を終えた証であり、入城の狼煙だ。
「ラシン元帥に増援を依頼し、伝えてくれ。今日からはマールベルンが前線だ」
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