第14話 天の兵士とは
「我らが国家元首、グローフス・ブロンヴィッツに! 捧げ、
ハッバート高地がついに陥落した。
『
「「
灰の山となった第一高地の頂にブロンヴィッツは立ち、片手を高く掲げ将兵を祝福する。高地の麓に至るまで、黒と銀の軍旗が高々と掲げられ、
キルギバートも、その将兵の中にいた。グラスレーヴェンのコクピットハッチを開放し、その上に立ってブロンヴィッツの姿を認めている。
その胸には畏怖があった。これだけの光景を生み出した激戦、その戦いの総指揮を執った男に対する純粋な畏れ。獣がより強き猛獣に抱くそれにさえ似ている。
―これほどの方であるのに。
戸惑いが浮かぶ。ほんの数日前に、自分の上官―グレーデン―から投げつけられた信奉する元首に対する不敬ともとれる一言。そして軍人としての資質を問う言葉。
率いられる部下が哀れだと、グレーデンに言われたとき、キルギバートは頭を殴られたような衝撃に立ち竦んだ。まるでこれから自分が、部下を死なせると予言するような言葉。
ブロンヴィッツが神のように見えてうらやましいと、灰色髪の上官は言った。ブロンヴィッツの栄光にも、やがて陰りが生まれると示すような言葉。
―そんなことはあり得ない。
この国を創ったのはまさに自分が信奉してやまない、目の前の指導者だ。戦争への勝利を引き寄せ、栄光を生み出している男だ。この高地を抜ければ次はノストハウザン、そして公都シュトラウス。勝利は目前にある。
自分たちが寒さと飢えに耐え、勝ち取った不毛な雪山。それを放棄せよと言われた時、キルギバートにはその理由がわからなかった。だが、今ならばわかる気がした。目の前の指導者はより大きな意義―大義―と、何か崇高な意志のために闘っている。だから、自分たち兵士はそれに従わなくてはならない。そう教わって生きてきた。それが絶対なのだ。
キルギバートは足元に整列する将兵、その先頭に立つ男を目の端に捉えた。
「……いつかわかる」
キルギバートの表情に険が増すが、それはヘルメットに遮られて誰にも見られることはなかった。
―元首閣下の大義と、上官の言葉。
「どちらが正しいか」
キルギバートは、いつかモルトランツで聴いた女性の言葉を思い返していた。
―今にわかるわ。歴史が証明してくれる。
歴史の証明。それこそ絶対的な審判だと、キルギバートは信じた。
『我が国家元首!』
ベーリッヒ元帥……国軍の最高権力者が、ブロンヴィッツと固く握手を交わしている。彼は踵を返し、自分たちへと向き直った。
『将兵よ、剣を掲げよ!』
その言葉に、将兵の持つ短剣、銃剣、長剣が空へと高く掲げられる。キルギバートらのグラスレーヴェンがいななくような機動音を響かせ、ヴェルティアを抜き、空へと掲げる。
キルギバートは目を見張った。剣の反射する陽光に彩られ、灰の山が染まっていく。それはまるで晴れた日の大海原にも似ていた。
『我らが国家元首に、祖国に、この戦勝に。三唱』
「「ディア・ディア・フラー、ディア・ディア・フラー、ディア・ディア・フラー、ディア・ファーツランツ マイス・コム・フェリーザスト、フラー! 国家元首、万歳、万歳、万々歳」」
ブロンヴィッツは不動のまま、敬礼の姿勢を保つ。背後の稜線から太陽が現れ、その先に公都シュトラウスの陽炎のような遠景が透けて見えた。
キルギバートがその姿に、畏敬の念を強くしたことは、言うまでもないことだった。
数刻、古戦場となったハッバート高地の検分は続いた。
政府高官と軍司令官を引き連れ、当のブロンヴィッツは丘陵の東西を歩き回っては、出会う兵士に声をかけ続けた。
「元首閣下!?」
山肌から露出した、ひび割れた要塞壁を大槌で打つ兵士にブロンヴィッツが声をかける。
「ここに、何かあるのだな」
「手持ちの爆薬を使い切ったため、手作業で穴を空けておりました」兵士は踵を合わせ、直立不動で答える。まるで夢を見ているようだと言わんばかりの緊張した様子だった。
「貸してみよ」
ブロンヴィッツは静かに、半身ほどもある大槌の柄を両手で握る。そして振り上げた。
「―ぬぅ、ん!」
かつて自身も軍人だったブロンヴィッツは、恵まれた体躯から満身の力を込めて壁を打った。
たった一発で、人がかがんで入れるほどの穴が開いた。兵は呆気にとられるばかりだった。
「お見事です我が元首」親衛隊長官のシュレーダーが賛辞を上げた。
「中へ入ろう」ブロンヴィッツが足を踏み出した。
「危険です、閣下」ベーリッヒがそれを留める。「内部に何か罠があるやもしれません」
その言葉に、ブロンヴィッツは静かに首を横へと振った。
「私が見なければ意味がないではないか」
ウィレから奪った重機と工作設備、そして兵らの苦労により、一日も経たず、灰色の山の内部がモルト・アースヴィッツ軍と政府の高官の目に晒された。
「これほどとは―」ブロンヴィッツ以下、ベーリッヒ、ゲオルク・ラシンといった軍司令官の視察に伴いながら、グレーデンは呻いた。
山や丘とされていた地形は外殻を残して、ほぼ全て人工物に補強されたドームになっていた。内部は頑強なコンクリート造りで、部隊行進にもたえられるような幅広の通路もある。これはもはや要塞ではない。ちょっとした町だ。
「中将」
声が上がった。彼らとともにある国家元首、ブロンヴィッツの声だった。
「……はっ」グレーデンは踵を合わせた。
「見たか。ウィレはかねてより、我らとの戦争を予期し、備えていた。でなければ、こんなものを用意することはできなかっただろう」
ブロンヴィッツは四方を見回し、時折肩に積もる埃を軽く手で払っている。
「私は連中を良く知っている。平和に怠ける姿は仮初のものだ」
ここが何か知っているか、とブロンヴィッツはグレーデンに問うた。
「かつて"最終戦争"で世界が核の投げ合いを始めた時、ここは当時のウィレ軍の対核施設のひとつだった。それを今日まで飽きることなく改造していたのだよ」
腐敗しているとはいえ油断ならぬ連中だと、ケッヘル内相が吐き捨てる。政府の背広を着た人間たちは一様に、もっともだと頷いて見せた。
「だが、その要塞群も今日の我が軍の敵ではない。ウィレ政府は自国の領土に核を撃つ愚も犯せない。そのようなことをすればウィレ・ティルヴィア政府は一晩で内部から瓦解していただろう。元帥、君たちの戦果だ。君たちが迅速にこの惑星に足を踏み入れたからこそ、最終戦争の再来は防がれた」
ブロンヴィッツは続ける。
ウォーレ、ハッバート、名だたるウィレの要害もそれに付随する要塞も、もはやウィレのものではない。モルト軍の前にウィレ軍は敗れ去った。そして後に残るのはモルトが山頂に立てた軍旗のみ。
「この勝利は当然のものと言える。全ての戦争の歴史を塗り替えうる存在を、我々は持っているのだからな」
「グラスレーヴェンですか。我が元首」
グレーデンの言葉に対してブロンヴィッツは肯定し、静かに腕を広げた。
「天から
ベーリッヒに促され、ゲオルク・ラシンが小さく咳払いした。
「モルト王戦記の序章ですな」
「君ならよく知っているだろうな、ラシン元帥。ラシンの名もその中にある。君の一族はまさに神話の末裔だ」
モルト王戦記。大帝シュトラウスがこの世に存在した頃、対岸の西大陸を席巻したモルト王国で築かれた神話だ。この二つのおとぎ話が、今日の惑星における信仰の軸となっているとさえ言える。
「グラスレーヴェンはまさにその伝説を再現した神器だ」
「勝利を体現するためだけに生み出された兵器……」
グレーデンの呟きにブロンヴィッツは頷いた。
「そうだ。だから私はグラスレーヴェンを生み出した。その由縁がゆえに、我々は勝つ。勝ち続ける。軍神に率いられる天の兵士がこの世にある限り、モルト・アースヴィッツに敗北はない」
力強く、確信に満ちて言い放ち、ブロンヴィッツは再び外へと戻る道を歩み出した。
「軍司令官以上は一時間後に私のもとへ集結せよ。公都シュトラウスを落とすための軍議を始める」
グレーデンは静かにブロンヴィッツから距離を取った。自分の仕事が終わったと悟ったためであった。
「―グレーデン中将」
その背中に、ブロンヴィッツの声が届いた。
「栄光は色あせぬ。今度こそな。そして私も君も、真のモルト人として歴史に名を残すのだ」
グレーデンは踵を合わせ、右手を掲げた。
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