第17話 勝ちに行こう
「西大陸でいなくなった分を、シュトラウスの学校から引き抜いてきたのか? "おもちゃの兵隊"にまた逆戻りしたんじゃないか」
ブルンナーの言葉に、追随してやって来た北方州兵士たちが嘲笑った。
「北方州軍のクソ野郎どもが―」誰かが呟いた。
アクスマンの隊員たち―公都所属・ウィレ・ティルヴィア陸軍公都近衛大隊員―が総立ちになった。投げつけられた言葉は不倶戴天の北方州兵による侮辱であり、宣戦布告だった。
アクスマンは右手を横に広げ、掛かろうと乗り出した兵士たちを制した。
「あはは。そうかもしれないね。だけど、みんな勇敢で優秀な兵士だ。グラスレーヴェンを、今日も撃破したのは彼らだよ」
言って、近くにあった自走砲を指し示した。ブルンナーも砲身を見上げた。直線印が三つ、入っている。
「ありえない。こんな
「現実はそういうことだよ。君のところの撃破数は?」
ブルンナーの表情が一瞬、強張った。
「お前が知らないわけないだろ」
アクスマンは考え込むように顎に手を当て、「ああ、ごめんね。忘れていたよ」と頷いた。
「君の部隊が、この東大陸で二度も全滅したことを、で合ってるかな?」
出てきた言葉はブルンナーの肺腑を抉った。
「お前」とブルンナーが腕を伸ばした。
豹のようにアクスマンは後ろへと飛び退いた。
「調子に乗るなよ、ボンボンが」
「生まれる家を選ぶことはできないからね」アクスマンは笑みを崩さない。
北方州兵が前へと出た。近衛防衛大隊兵士たちも前へと出ようとするが、これはアクスマンが許さなかった。
「……こんなことをしている場合かい? 今、目の前に敵が迫っているのに仲間割れをしている時じゃないだろう」
「元はと言えば―」
お互いさまじゃないかな、とアクスマンは逸る兵を抑えつつ肩を竦めた。
「僕を馬鹿にするのはいい。でも部下を一方的に侮辱されて黙ることはできない。それは、隊長である君もよく心得ているはずだよ」
アクスマンはそう言い、肩を落とした。
「もう、やめよう。学生の頃から僕と君はずっとこんな感じだ。僕らが何でいがみ合わなくちゃいけないんだい? ただ出身が北と公都で別れているから。ただ生まれた家が違うから。ただ成績が一つ違うから。そんなこと、今のウィレを救うためには何の関係もない。君は君で、僕は僕じゃないか」
僕はもう、戦い以外で誰とも争いたくない。とアクスマンは俯いた。
「相変わらず甘い奴だ。そんなことだから、モルトの害虫どもに―」
ブルンナーの言葉を遮るために大隊副官が前へと歩み出た。
「貴様、それ以上言ったらただでは済まさんぞ」
ブルンナーは黙った。だが、その背後から声が飛んだ。
「そんなだからモルトの害虫共に家族を殺されても、慣れ合い精神が抜けないんだ」
大隊員たちが凍り付く。しかし、アクスマンは風に吹かれつつ、何の反応も見せなかった。ブルンナーはフライトジャケットの前を閉じながら、腰にぶら下げていたヘルメットを被った。
「慣れ合いと言われたって構わないよ。それでも、ウィレを救うためにはみんなが協力しなくちゃ、モルトには勝てない。僕たちの持てる力で勝つためには協力しなくちゃいけないんだ」
「それはどうかな」
アクスマンの言葉に、ブルンナーは口元を歪めて笑った。そうして空を見上げた。
「持てる力か。それこそ一緒にしてもらっては困るな」
アクスマンも釣られて、共に空を見上げた。宵闇空に軍用ヘリの爆音が響き始め、その音が真上へと近づいた。青年の紫瞳が驚きにより丸く見開かれる。
ヘリは四機一組、方陣を組んで真上を行き過ぎる。そのヘリに、何かがぶら下がっていた。
「あれは……」
「あれこそが、グラスレーヴェンを殺すものだ。それを俺が率いる」
真上からでもはっきりとわかった。人の形をした鋼鉄の何かが空を飛び、行き過ぎる。これならばモルトに制圧された軍事衛星をもってしても探知されない。
「噂に聞いていた、ウィレ製のグラスレーヴェンってやつかな?」
「あんなものと一緒にするな。俺たちの兵器の方が、その上を行く」
「実戦はこれからだろう? 油断はできない」
ブルンナーは苛立たし気にアクスマンを睨んだ。
「何が言いたい?」
アクスマンは歩み寄り、手を差し伸べた。
「本当にグラスレーヴェンを倒すのであれば、僕たちの公都近衛防衛大隊で支援をさせてもらいたい。君の兵器の性能は未知数だ。単体で―」
その手をブルンナーが払いのけた。
「馬鹿にするな! 俺たちだけで十分だ。お前に頼る必要なんてない!」
「ブルンナー」
「忘れるな。勝つのは俺たちだ。あの兵器でグラスレーヴェンを撃破した時、お前たちの役割は終わる。ウィレを支えるのは北方州軍砲兵科だ。お前たち良い所-シュトラウス-出の人間たちの時代はもう終わるんだ」
「ブルンナー、君は―」
言い終え、踵を返したブルンナーにアクスマンが何かを言おうと口を開いた。
だが、その言葉が継がれたその時、新たに行き過ぎるヘリの爆音が彼の言葉をかき消した。
ブルンナーは歩き出し、二度と振り返らなかった。
「大隊長……」
ブルンナーの背中を見送るアクスマンは、しばらくそのまま立ち尽くしていた。やがて、息を一つ吐いて振り向いた。相変わらず温和な笑顔を浮かべていた。
「すまなかったね。さあ、僕らも準備をしよう」
アクスマンは右手を掲げ、兵士たちに「出撃準備、総員乗車」の号令をかけた。
「大隊長、どこへ―」
「決まっているだろう。ブルンナーたちを援護するんだよ。多少時間はかかっても、きっと追いつくさ」
「何であんな奴を! 大隊長を侮辱し、大隊を貶めた北方州軍の連中に手を貸す必要なんてありません!」
アクスマンは微苦笑した。
「そうかもしれない。それでも、僕らは手を貸さなければいけないんだ。きっと僕でなくても、シェラーシカ・レーテが今もこの部隊にいたら―」
大隊副官は察し、背筋を正した。アクスマンは頷く。
「彼女はきっとそうしていたはずだよ。そして、ここにいなくてもそれを望んでいるはずだ。自分の戦うべき場所から、彼女は僕らを見てる。それを忘れちゃいけない」
「マールベルンを襲う敵の兵力は強大です。やれますか?」
指揮車仕様の主力戦車を前に、アクスマンは足を止めた。
「大丈夫、勝てるよ。ブルンナーも言っていただろう。勝つのは"俺たち"だってね。そこに僕らも入れてもらおう」
大隊副官は頷き、アクスマンは笑みを残して車上の人となった。
「さあ、勝ちに行こう。大隊、前へ!」
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