第18話 新兵器の襲撃


 その夜。


 キルギバートたち第二機動戦隊は野営すべくマールベルンの西側に布陣した。野営地といっても、四方をグラスレーヴェンが取り囲み、点々とテントを張っただけの簡素な集落で、隊員たちは暗闇の中で食料車の到着を待っている。兵士たちは足元を明るくするため篝火を起こしたいところだったが、まだ敵軍が周囲をうろついている以上、狙撃の心配もある。幸い、夏の夜ということで周囲もやや明るく、気候にも恵まれていた。


「うわぁ、見てください。星が綺麗ですよ! この時期は星海が見れるって本当だったんだ!」

「お前、本当に何を見ても喜ぶよな」はしゃぐクロスに、ブラッドが腕を組んで溜息を吐いた。

「だって、自分達の故郷が違う星だとこんなふうに見えるんですよ? すごい景色じゃないですか!」


 キルギバートはカウスを連れて野営地の点検を行いつつ、呆れたように首を振った。


「あいつらのお喋りだけは、どうにもならない」

「でも、そのおかげで皆勇気づけられてますよ」

「お前もか?」


 カウスはぶんぶんと首を縦に振った。キルギバートは微苦笑したが、微笑の割合が多くを占めていた。


「そうか。それでも……あまり気を抜かない方がいい。敵地である以上、いつウィレの反攻があるとも限らないしな」

「わかりました! でも……隊長は、二人のお喋りが嫌いなんですか?」


 キルギバートは新兵の少年の言葉に面食らったような表情を浮かべた。


「……好きか嫌いかなんて訊いたのはお前が初めてだ」

「え、あ、す、すみません大尉」カウスはしょげた様子で頭を下げた。

「まあいい。俺も嫌いではないがな。いつもあれでは、調子が狂うということさ」


 キルギバートはカウスの頭を軽く、くしゃくしゃと撫でた。驚いたように顔を上げると、すでに銀髪の上官は背を向けて歩き出している。


 食料車が来たぞ! という言葉に、皆が湧きたった。あれよと言う間に人だかりができ、配膳が始まろうとしていた時だった。


 パッ、と北の空が明るく、赤くなり、円柱状に爆炎が立ち上った。


「敵襲!!」キルギバートの警告が聞こえた。

「あれは一機戦の野営地だぞ!」誰かが悲鳴を上げるように叫んだ。


 ブラッドが食料車に提げられていた干し肉をひったくるように掴んでグラスレーヴェンに駆け出し、クロスも麺麩パンをくわえてすでにコクピット上にいる。キルギバート機のコクピットハッチは閉まっていて、その頭部にある双眼が光った。カウスは両手に食事を持ったまま慌てて駆け出した。


 ☆☆☆


 マールベルン北部郊外森林地帯。通称マールベルンの森。


 いいぞ。と、シュトラウス語の声が上がった。ウィレ・ティルヴィア陸軍のマーカス・ブルンナー少尉は室内……いや、何か狭く暗い空間から燃える戦場を見ている。


『ブルンナー大尉。突入しますか?』


 部下からの言葉に、ブルンナーはヘルメットから覗く金髪をつまんでいじりながら短く思案し、命を発した。


「そうだな、距離を詰める。全機散開しつつ前進。市街地に着弾させるな」


 その言葉と同時に、ブルンナーらの乗っている"なにか"が動き始める。重い金属音はゆっくり、しかし短い感覚で振動を持ち、周囲へと響き渡る。


「モルトの侵略者め、生きて故郷へ帰れると思うな!」


 速射砲を乱射しつつ、さらに森の中を前進する。


『森を一度抜けますよ!』

「連中は混乱している。畳みかけろ!」


 森の中に隠れていた"それ"が、姿を見せた。鋼鉄製の平釜のような頭部には三つのカメラアイが光る。装甲の色はくすんだ灰色で、機影はずんぐりとした人型でグラスレーヴェンよりもいくらか寸胴体形だ。腕にあたる部分には三連装の速射砲身が取り付けられている。モルト軍野営地を砲撃したのはその砲身から放たれた砲弾だ。片方の腕には、太い鉄の杭が握られていた。武骨な印象を与えるそれは、グラスレーヴェンに似ているようで似ていない。だが、言えることはウィレ・ティルヴィア軍が初めて人型の兵器を有し、それを戦場に投入したと言うことだ。


 それが、8機。


 ブルンナーの目に、燃えるモルト軍の野営地の光景が望遠カメラを介して届けられる。うつ伏せに倒れたグラスレーヴェンの機影もいくらか確認できる。その肩にある識別用の記号を見て、彼は快哉をあげた。


「灰色の狼。こいつらグレーデン師団の機動戦隊か! 大物だぞ!」


 ブルンナー機はとどめを刺すように炎の中で倒れたグラスレーヴェンに速射砲を打ち込む。上から背面装甲に撃ちこまれた砲弾により、グラスレーヴェンは桃色の色彩を帯びた炎を上げ、激しく炎上し始める。連中の動力炉に被弾した証拠で、確実に撃破したことを示す炎が高々とあがった。


 次の瞬間、今度は青白い光が巻き起こる。


「推進炎確認! 来るぞ!」


 炎のカーテンを上へと突き破り、彼らよりも細身の鋼鉄の機体が夜空に浮かんだ。モルト軍機動兵器グラスレーヴェン。青白い炎に輝くそれは、巣を攻撃されて怒り狂ったスズメバチのように急降下を始める。まっすぐ、ひたすらにブルンナーたちの機体へと突っ込んでくる。


「このガウストアーミィを舐めるなッ!」


 機体の腰部左右に取り付けられた箱型の装備の蓋が開き、中身が白煙をひいて飛び出す。グレネード弾頭だ。それを空中で喰らったグラスレーヴェンが、派手な炎を上げて仰向けにひっくり返り、墜落した。


「一機撃破! 皆、もう怖がるな。こいつはグラスレーヴェンを、殺せる!」


 北部方面からやってくるグラスレーヴェンの数が、コクピットの短距離レーダーに現れる。数は8機。全くの同数だ。跳躍して叩き落とされた僚機を確認したのか、彼らは夜の平地を歩いてやって来る。いいぞ、とブルンナーはささやいた。こちらの明確な数がわからなければ、連中は無理に襲ってこない。


 グラスレーヴェン部隊を誘い込むように、再びブルンナー機をはじめとする「ガウストアーミィ」部隊は森へ下がる。


『ブルンナー大尉、南に新たな機影!』

「数は?」

『噴進炎を確認すると10機程度!』


 ブルンナーは舌打ちした。挟撃された場合の戦術が定まっていない以上、長居は危険だ。


「ここで一機でも多く仕留めたかったが……」


 ブルンナーは戦果と状況を秤にかける。結果はすぐに出た。初陣でグラスレーヴェンを3機撃破。こちらへの被害はない。それなら―。


「長居は無用だ。こいつらは次の作戦で叩けばいい。全機撤退!」


 森へと潜り込むようにウィレ製の鋼鉄の巨人は姿を潜ませ、ゆっくりとその場を離れ始めた。そこへ南から増援でやってきたグラスレーヴェン部隊(彼らは知る由もなかったが、それこそがグレーデン師団の第二機動戦隊であった)が戦場に到着したのは、わずか数分後のことだった。


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