第11話 新生機動戦隊-夢よさらば-

 ブロンヴィッツは冷厳そのものの瞳でキルギバートをただ見ている。表情は無く、まるで玉座に座した皇帝の彫像のように、そこにある。キルギバートは固く拳を握り締めた。ブロンヴィッツはもはや"憧れ"のみの存在ではない。相対する高い壁だ。キルギバートは、その巨壁を見上げている。

 だが引き下がるわけにはいかない。青年将校らの決起も、グレーデンの"反逆"も、無意味だと、ただの児戯だと見くびられるわけにはいかないのだ。


 ブロンヴィッツの口が開いた。


「出せるか、キルギバート少佐」

「――は」

「出したとして納得させられなければ――」


 出す、というのは無論対案のことだ。そしてそれをブロンヴィッツに呑ませなければならない。予感していた。これを呑ませ得なければ、自分キルギバートは死ぬ。


「グレーデンと共に斬る」


 キルギバートの予感は確信へと変わった。ブロンヴィッツは統治者として、グレーデンを斬り捨てるか、そして、その部下である自分や彼の部下、多くの関係者を連座させるべきかを考えているのだ。暴君じみた脅迫だが、それを非難することはできない。キルギバートは軍人となった時、その宣誓でブロンヴィッツへの忠誠を誓った。忠誠を捧げるべき元首から背いたと見なされれば命を差し出さねばならない。


 脳天から顎元まで、泥水のように重く生ぬるいものがキルギバートの中に満たされていく。それが極度の緊張からくる眩暈であると気付いた時には、全身の血の気配が失せ、びっしょりと軍装の内側から汗が滲んでいた。答え一つに、多くの人間の命が懸かるのだ。


「如何に」


 答えは、ある。モルト・アースヴィッツに帰還して以来、ずっと胸中に納めてきた、とびきりのものが。男の子が幼い頃に憧れる「最強の夢」をそのまま絵に描いたような案だ。だが、それは突拍子もなく、壮大で、しかも現実味がない。


「私には、問答の時はないのだ」


 絶対的な声音が降り注ぐ。ブロンヴィッツは逡巡の間を与えない。


「時間だ、答えよ」


 出せるか、とキルギバートは自問した。いや、出さねばならない。


「ならば、お出しします」


 キルギバートは右腰に提げた軍刀拵えの隕鉄刀を手に持ち、その場に膝を折って座り込んだ。そうして身体の前、床面に叩きつけるようにして置いた。刀身と装具が、ごん、と重い鉄の音を立てた。


「何の真似だ」


 キルギバートは膝の上に手を置いた。


「納得し得ない時には、御処分を――」


 ブロンヴィッツの表情は動かない。ただ唇だけが曲がっていく。そして、それは笑みではなかった。


「聴こう」

「……ウィレ・ティルヴィアは、我が祖国モルト・アースヴィッツに多くの点で勝っています。その中でもウィレの物量はモルトの及ぶところではありません。軍をただ再編し、正面切った戦いを挑むのは無謀です」


 ブロンヴィッツの瞳が狭まった。

 キルギバートは口を止めることなく続ける。


「そのウィレに、モルトが勝る点が三つあります。一つ目は宇宙での経験。そして二つ目は宇宙での経験を積んだ精鋭の数。そして三つめは技術力です」


 キルギバートは胸を張った。


「モルト国軍の全精鋭を結集した機動戦隊連合の創設。これが、私の対案です」


 ブロンヴィッツの鼻腔から呆れを思わせる吐息が漏れた。

 だが、キルギバートは恐れなかった。


「……機動戦隊連合、な」

「この宇宙は、我々宇宙の民にとって故郷であり、息をし、当たり前のように身を置いて来た環境です。対して大地を故郷とするウィレ軍は未だに宇宙の虚空に慣れず、かつてウィレの海で苦戦したモルト水軍のように、しばらく積極的な攻勢には出られません。モルト軍が反撃の力を蓄えるには、その間しかありません」

「ならばその間に軍政の改革を進め、体制を整えるのみだ。少佐の対案には、そうであるべき必然性がない」

「ウィレ軍が、そのまま大人しくしていれば――」

「――!」


 ブロンヴィッツはここで初めて眉を動かした。キルギバートと見解が一致したのだろう。ウィレ軍はきっと"待たない"。暢気に軍備を整えてから宇宙へとのこのこ出てくるほど、今のウィレ・ティルヴィア軍首脳部は無能ではない。


「ウィレ・ティルヴィア軌道上、及びモルトへの回廊(※重力圏を離脱し、その他の惑星へ進む道筋のこと。宇宙図を展開した時、直線あるいは緩やかな曲線で結ばれることから回廊の名がつく)。これを制圧するためにウィレ・ティルヴィア軍は持てる物量を総動員して宇宙へと上がってくるはずです。傷ついた軌道上防衛部隊だけで、これを防ぐことは困難です。これに当たるには精鋭と、防御に長けた指揮官が必要です」


 今のモルト軍の陣容であればゲオルク・ラシン元帥が適任だろう。だが、軍の最高官をはるばる軌道上に出張らせるのは斧で小魚を捌くようなものだ。となれば、ゲオルク・ラシンの下で縦横無尽に活躍できる将官がひとり必要になる。ブロンヴィッツにしてみれば、ゲオルク・ラシン麾下の経験のある将官が最も扱いやすい。そして手駒として最も強力な切り札であれば、なおウィレに打撃を与えられる。


「少佐が私の立場であれば。ここからどう当たる」

「元首閣下が、この大戦の初頭に構想したものを使います。戦域を分けるのです。ウィレ上空を八面に分け、それぞれに機動戦隊を割り振ります」

「回廊に至る主要な戦場は――」


 キルギバートは辞した。グレーデンの名はともかくとして、そこまで割り振って名を挙げるだけの権限が、少佐である自分にはない。


「閣下は、その適任者を既に存じているはずです」

「シレン・ヴァンデ・ラシンか」


 キルギバートは初めて微笑んだ。それは安堵を含んでいた。ブロンヴィッツが幼い頃に憧れた存在に他ならない事を改めて感じたための笑みだった。


「……御明察です」


 ブロンヴィッツは黙り込んだ。口中で空気を弄ぶように、ただ黙している。


「機動戦隊連合には、どうかモルトの技術力をもって充実した武装をお与えください。信条も、階級も、何も問わず、ただ集められたものを強者として信じていただければ、我々も元首閣下を信じ、きっと戦い続けることができます。モルト軍は再び、立ち直れます……!」

「機動戦隊に、軍旗を預けよと言うか」

「軍旗を見たモルト兵士たちも奮い立ち、やがて強き者となるはずです」


 ブロンヴィッツは立ち上がった。キルギバートは窓の光に照らされた元首を仰ぎ見た。


「その対案で――」


 ブロンヴィッツは頷いた。


「貴官は勝てると、そういうのだな」

「負けるつもりで戦う者など、一人もいません。誰もがモルトの勝利を信じて戦っているのです」


 キルギバートは膝を立て、立ち上がった。


「グレーデン将軍は、その一人です。真に強き者とは――諦めない者です。何度も立ち上がり、勝利するその時まで、戦う者です。グレーデン将軍は、強き者です。元首閣下――!」


 銀髪碧眼の青年は、気付けば巨大な壁を乗り越えていたらしい。その先にいた白髪の偉大な男の前に立っている。そうして、その前で静かに頭を下げた。


「……これが、私のありったけの対案です。閣下」


 長い沈黙の後、ブロンヴィッツの足音が響いた。彼は机を回ってキルギバートの前へと立った。そうして、両者の間を隔てた太刀を取った。


「……これは」


 かろうじて感じ取れるほどであったが、ブロンヴィッツの声音に驚きが混じった。キルギバートは顔を上げようとした。その刹那、頭上から"国家元首"としての声が飛んだ。


「誰かある! シレン・ヴァンデ・ラシン、二名の将校をここへ!」


 すぐさま扉が開き、駆けこむようにして三様の足音が響いた。シレン、ブラッド、クロスのものであることは頭を下げているキルギバートにもわかった。

 ブラッドとクロスは息を呑んだ。太刀を手にしているブロンヴィッツに対して、キルギバートは頭を下げている。傍から見れば、首を切られんとしている様に見えるだろう。ブラッドが踏み出した時、それを恐ろしい力で制止する者がいた。シレンであった。


「邪魔すんな!」


 はやるブラッドの血気は拳となってシレンに飛んだ。だが、ブラッドの身体は宙に一回転した。いなされたとブラッドが気付いたのは、着地してからだった。


「元首の御前である。控えよ」


 シレンはブラッドの首の根を引き掴んで地面へと据え付けた。クロスもその後ろに控えている。


「シレン・ヴァンデ・ラシン大佐。及びブラッド・ヘッシュ少尉、クロス・ラジスタ少尉。御意により参上しました。元首閣下」

「大儀。モルト・アースヴィッツ元首、グローフス・ブロンヴィッツである」


 最後の名乗りはブラッドとクロスに向けられたものらしい。ブラッドとクロスは敬礼で応じた。だが、キルギバートに何かある時には、すぐに踏み越えて飛びかかって来るだろう。


「キルギバート少佐」

「……は」

「良い部下を、持ったようだな。顔を上げよ」


 キルギバートは顔を上げた。

 ブロンヴィッツは慈父のような笑みを浮かべて頷いた。


「卿の対案を軍議にてはかる。形となればモルト機動部隊を率い、必ず勝利せよ」


 キルギバートの全身が震え出した。彼は気付いたのだ。

 幼い頃から憧れ続けた男と闘い、そして、その人から勝利を授かったのだと。


「貴官もまた英雄つよきものである」


 憧れた英雄から、つよきもの、と呼ばれ、肩を叩かれた瞬間。

 キルギバートは気付いた。「夢」と別れる時が来たのだ。


 ブロンヴィッツは手にした太刀を差し出した。


「この太刀は、卿が持て。強き者にこそ、よく似合う」


 キルギバートはそれを押し頂いた。

 遠ざかる父親を見つめる幼い子どものような顔で、憧れていた男を見た。

 ブロンヴィッツは既に背を向けて歩き出していた。


「仔細は追って伝える! 大儀、以上である!」


 憧れの背中を追う夢が、終わる。

 長い外套を翻して、ブロンヴィッツは部屋の外へと姿を消し、キルギバートは膝から崩れ落ちた。その膝に滝のように滴が零れ落ちた。


「元首、閣下――」


 「夢」が終わった。


 そして、「強き者」は歩み出していく。



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