第12話 集う強き者たち

 大陸歴2719年3月。モルト首都アースヴィッツにおいて、新しい戦闘部隊が密かに産声を挙げた。その名をモルト国軍機動軍機動戦隊。総勢3部隊88機から形成された精鋭部隊。後に、「モルト最強」の名を欲しいままにした戦闘集団である。

 国軍最高司令部の一室にてこの日、三隊の総隊長と呼ばれる指揮官がはじめて集った。


「機動戦隊は――」


 第一機動戦隊、総隊長はシレン・ヴァンデ・ラシン大佐。総勢30機。ラシン家近習衆をはじめ、モルト国軍機動部隊員の古強者がこれに従い、本国近辺の守りを固める。遠征方面はモルト・ウィレ間回廊である。


「この先の戦局を占う存在となる。この三隊が国家防衛のための礎となり、ウィレ・ティルヴィア軍の宇宙侵攻を食い止める先兵とならねばならん。キルギバート少佐、貴官がこの戦隊創設の発起人だが、何かあるか」


 鷹の目と呼ばれる鋭く黒い眼差しが対角に座る銀髪碧眼の青年を見た。

 第二機動戦隊、総隊長はウルウェ・ウォルト・キルギバート少佐。副長にブラッドとクロスを据えての総勢28機。モルト国軍の青年将校が大半を占め、ウィレ軌道上から諸回廊の遊撃任務を担う。

 そのキルギバートはちらと微笑を見せ、首を横に振った。


「こうして、モルト随一の精鋭が集ったこと……未だ夢を見ているようです」


 万感、と言った様子のキルギバートに対し、静かに笑い声を立てる者がいた。第三機動戦隊の長であった。少し橙がかった鮮やかな金色の髪をしていて、秀でた鼻筋と鋭く大きな橙の瞳を持った美青年だった。


「夢、では困ります」


 第三機動戦隊にはモルト国家元首親衛隊の精鋭機動部隊が選抜された。総隊長はウェイツ・ウィンタース少佐。ブロンヴィッツを直衛する白いグラスレーヴェン近衛隊を預かり、親衛隊においては情報部に所属する切れ者であった。これは国家元首の近衛隊としてモルト本国の抑えとなる。残る総勢30機は全て親衛隊の精鋭である。


「こうして国軍、親衛隊が志を一つにして集ったのです。うつつの事として、この戦争を新たな局面へと導かなければなりません。宇宙の民、モルト民族がいかに秀でているかを、ウィレの民に知らしめるのは、我々です」

「失礼。ウィンタース少佐。その通りだ」


 橙と青の瞳が交差した。


「キルギバート少佐」

「なにか、ウィンタース少佐」

「単刀直入にお伺いしたい。少佐は、我が親衛隊を好ましく思われていないと、親衛隊内部ではもっぱらの噂です」


 シレンの黒い瞳の真上にある太い眉がぴくりと動いた。キルギバートに向けている問いではあるだろうが、それが"国軍"の自分たちに向けられているものだということに、すぐに気付いたからだった。答え次第では初手から事が壊れるかもしれない。

 キルギバートは目を閉じ、黙っている。


「勿論、わかっています。モルトランツ撤兵における一連の擾乱じょうらん、グレーデン閣下とシュレーダー長官の確執。地上戦における対立は、要らざる内紛でした。今回、第三機動戦隊が選抜されたのは――」


 キルギバートが目を開いた。


「――親衛隊と国軍の和解。そして団結を国民に知らしめるため。そうでしょう」

「そうです。しかし、国軍青年将校の大半は未だ親衛隊を不倶戴天の敵と思っている」

「しばらく」シレンが口を差した。「物言い、尋常ではない」


 ピリピリとした空気が部屋に広がっていく。ウェイツ・ウィンタースという男はキルギバートを「反親衛隊一派の頭領」として見ているのではないか、シレンが口を差し挟んだのはそう思ったからだし、そうウェイツに糾した。


「ラシン大佐、私は別にあなた方を敵視しているわけではないのです。ただ、本当にわだかまりを乗り越えて共に事に当たれる同志なのかを知っておきたいだけです」

「ならば言うが――」


 ごん、と床が鳴った。キルギバートが軍刀の鞘で軽く床を突いたのだった。


「ラシン大佐」

「なんだ」

「問われているのは私です。私が答えます」


 キルギバートはウェイツの方へと胸ごと向き直った。両者は互いに真顔だったが、先に笑みへと崩したのはキルギバートだった。


「ウィンタース少佐、ため口でいいか?」

「構いません。腹蔵なく話してください」


 目を閉じ、軽く何度か頷いた後で銀髪碧眼の少佐は口を開いた。


「俺は親衛隊が好きではない」

「――」

「だが、同じ軍旗に集う者を、俺は仲間だと思っている。主義信条が違う、当たり前のことだ。人間なのだから拠って立つところによって考えも変わるだろう」


 キルギバートは目をあげ、真っすぐにウェイツを見た。


「相手が誰であろうとも、グレーデン閣下と共に戦う同志であれば仲間だ。そうであってほしいと思うし、ここにいる者はすべてそうだと思っている」

「そうあれかし、と」

「そうだ。それにな――」


 キルギバートはいつになく砕けた様子で椅子の背もたれに身を預けて白い歯を見せた。


「ウィンタース少佐、貴官は頭が良いらしい」


 キルギバートは肩を竦めた。


「俺は政治のことはよくわからん。俺は馬鹿だ。最近になって思い知らされている」


 キルギバートの言を皮肉と捉えたのだろう。少しばかり慌てた様子と心外さの入り混じった表情でウェイツが手を出した。


「そのようなことは――」

「いや。本心からそう思っているんだ」


 キルギバートは言葉を継いだ。


「だからこそ色々と明快でありたい。仲間は助け、敵は退ける。それだけのことでありたいと。親衛隊だ国軍だといがみ合う時代は俺たちの代で終えたいと。この戦隊にはそれを叶える力さえあると思っている」


 キルギバートは不意に、頭を下げた。机板に額がつくかと思う程に、見る者によってはみじめな、あるいは慇懃な礼だった。


「ウィンタース少佐、頼む。力を貸してほしい」


 長い沈黙の後、頭上から足音が響いた。ウェイツが席を立ってキルギバートの元にまで歩み寄っている。


「顔をお上げくださいキルギバート少佐」


 膝の上にあるキルギバートの手を、ウェイツは取った。


「親衛隊と国軍が仲間として、一和同心となるべく、協力致します」


 はにかむようにキルギバートは笑った。


「ありがたい!」


 両者が手を取り合ったその時、大きな音を立てて部屋の扉が開いた。

 そこにシレン・ラシンの号令が重なった。


「気をつけぇっ!」


 キルギバートは弾かれたように立ち上がり、踵を合わせた。

 懐かしいと思えるまでに久しく、同時に見慣れた男が円卓の上座の前に立った。


「ヨハネス・クラウス・グレーデン軍団長に、敬礼!」


 こうしてモルト機動戦隊は誕生した。

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