第10話 新生モルト機動戦隊-対案-
キルギバートが去った後、奥の間の前に残されたブラッドとクロスは衛兵によって奥の間の横に在る控えの間へと通された。
「押し込めみたいなもんだよな」
「待つしかなさそうですね」
しばらくして、シレンも控えの間へと戻ってきた。ふたりが控えの間に入った後も衛兵に掛け合っていたのだろう。表情を見るに、相手にされなかったようだが。
「ラシン大佐」
「なんだ、ヘッシュ少尉」
「……今の、何なんすか?」
シレンは腕を組み、眉間に皺を寄せた。
「あれは元首閣下子飼いの者達だ。親衛隊も、国軍もあずかり知らぬ者。国事政務の時だけ、影のように現れる」
「しかし、その実はバデ=シャルメッシ伯の手の者。ってことですか」
「勘が良いな、ラジスタ少尉。奴らが現れるということは――」
「政治の臭いがする」。シレンは言って天井を見上げた。
「ここしばらく、元首閣下も
クロスは顔を曇らせた。ひょっとすると、何かがある部類の中でもとびきり危険な目に遭うかもしれない。そして、その危険は扉の向こうにいる自分たちの上官であり、戦友に迫っているかもしれない。
「ま、何とかなるだろ」
後ろでのんびりとした声がして、クロスとシレンはぎょっとして振り向いた。ブラッドが内懐から戦闘糧食を取り出してぼりぼりと貪り食っていた。
「のんき過ぎますよブラッドさん!」
「貴様――」
ブラッドはふたりを見てからからと笑った。
「だってうちの大将だぜ?」
言われ、クロスとシレンはふと黙り込んだ。
「あいつは誰よりも強いんだ。こんな事でどうこうなったりしねえよ」
「何故そう言い切れる。お前はこの宮殿と、元首閣下の恐ろしさを知らぬのだ」
詰め寄るシレンに、ブラッドはふんぞり返ったまま頷いた。
「他の誰かだったらそうは言えないかもなー」
「何だと?」
「あいつはウルウェ・ウォルト・キルギバートだよ。それだけでいいんじゃね?」
問い詰める気さえ削がれたシレンに、ブラッドは白い歯を見せた。
「ま。待ってようぜ」
クロスも頷いた。幾分か表情が和らいだ。
☆☆☆
虚空に踵を打ち合わせる甲高い音が響く。
「国家元首万歳!」
ウルウェ・ウォルト・キルギバートは吼えるように敬礼した。
甘い、何とも言えぬ芳香がキルギバートの鼻腔を溶かした。すぐに豪奢な執務机の両端を彩る飾り花から匂い発つものだと気付いた。造花でも人造でもない、ウィレ・ティルヴィアに咲く白百合だ。その花弁が闇の中でただ静かに輝きを放っている。
その向こうに、モルト総軍三百万の主がいる。
「……来たか」
グローフス・ブロンヴィッツは目を閉じ、両手を顔の前で組んでただ目を閉じて座っていた。その目蓋が開くと闇の中に黄金色の瞳が浮かび上がった。キルギバートは竦みそうになったが、軍帽を取り、それを小脇に抱えて頭を下げた。
「君を待っていた。久方ぶりであるな」
「元首閣下――」
キルギバートは用向きを尋ねるべく、口を開きかけた。
だが最初に口を開いたのはブロンヴィッツだった。
「君の銀髪は美しいな」
キルギバートは完全に先手を取られた。目を上げる時機も逸し、ただその場に立ち尽くした。「呑まれる」と、本能的に悟った。
「輝かしき青い瞳もモルト民族を象徴する宝石のようだ。君ほどの男が首都アースヴィッツにいる、これほど喜ばしいことはない」
気まずさにキルギバートは青い目を伏せた。
「恐れ入ります閣下。ですが、生まれつきのものですので――」
「褒めるに値せぬと」謙遜の言葉に返ってきたブロンヴィッツの言葉からは、感情が失せていた。
「いえ、お褒めに預かったのは嬉しいことです、ですが……」
答えに窮した時、後ろから甲高い笑い声が響いた。キルギバートをここまで誘ってきたバデ=シャルメッシ伯である。
「貴方の容姿は、モルト民族の象徴たる容貌ゆえ。元首が褒めるのも当然です。誇るべきことですよ、キルギバート卿」
妖しさを含んだ声音に首筋が粟立ち、それがかえってキルギバートを奮い立たせた。彼は背筋を正して国家元首であり、少年時代に憧れた男を見据えた。
「元首閣下、私は武人です。武人でありたいと常に思っています」
「そうだ、キルギバート少佐。貴公は武人だ。モルト至高の。私もそう思っている」
「であれば、容姿を褒めるなどご無用に願います」
「……何故だ?」
「私は役者ではなく軍人だからです」
容姿を褒められて喜ぶのは役者であると、キルギバートは暗に言ったのだ。
空気が静まり返る。ブロンヴィッツの表情も窺い知れず、キルギバートの背筋を汗が伝っていく。
「ふ、ふっふ」
低い笑い声が漏れた。
それがブロンヴィッツのものだとわかって、キルギバートは目を見開いた。
「シャルメッシ伯爵」
「なんなりと」
「しばし外せ。少佐とふたりで話がしたいのだ」
「御意のままに」
踊るような足音を残して、背後の気配が失せた。
キルギバートは胸の中で息を吐いた。
ブロンヴィッツは手元の端末を操作し、部屋を覆う帳を取り払った。外の明かりがさし込み、ブロンヴィッツの姿が露わになる。法服のような羽織の下にモルト軍最高司令官を意味する純白の大元帥服を着ている。衣装が光を反射し、暗室に身を置いていたキルギバートは幻惑されそうになった。
ブロンヴィッツは椅子の肘掛に体重を預け、目を閉じた。
「ベーリッヒより聞いた。本国防空指揮官。その任を断ったそうだな」
「……はい」
ブロンヴィッツはキルギバートの目を見た。
「何故だ」
「――閣下。私は今もグレーデン大将の麾下です」
「キルギバート少佐」
ブロンヴィッツの声音は黒い雷雲のような重さを帯びた。
「たった今。自分は軍人であると言ったな、キルギバート少佐」
「……確かに申し上げました」
「モルト・アースヴィッツ総軍の主は、この私だ。全ての将兵の統帥権はこの私に帰する。これが何を意味するのか、わからぬわけではあるまい」
ブロンヴィッツは立ち上がった。キルギバートよりおよそ一尺も高い。その巨躯が自分を見下ろしている。かつて少年時代に声を掛けられた際、慈父のような優しさに満ちた目ではない。主君としての冷厳な眼差しに、竦みそうになった。
「貴官の主君は私だ。その私に従わぬと、貴官は言うのか」
キルギバートは肚を決めた。我を通すと決めた以上、闘わねばならない。それがかつて憧れた神の如き人であろうが、目の前に立ちはだかる以上は闘わねばならないのだ。どうあっても負けるわけにはいかない。
「そうであっても、私はグレーデン将軍の下で戦いたいと思っております」
「 何 故 だ 」
それはもはや声ではない。雷が空振するような音だった。だがキルギバートは顔を上げて、無表情に迫るブロンヴィッツを真っ向から見据えて口を開いた。
「ウルウェ・ウォルト・キルギバートは、今もグレーデン軍団第二機動戦隊長の任にあります。そして――」
そして――。キルギバートは続けた。
「その任を解ける者はグレーデン将軍しかいません」
ブロンヴィッツの目が少しだけ動いた、ような気がした。
「あの、ウィレ・ティルヴィアの大地を巡る地獄のような戦いの中で、真に祖国のために戦った男たちがいます」
キルギバートは歯を食いしばった。脳裏に浮かぶのは男たちの顔だった。
「亡くなられたオルク・ラシン将軍、ライヴェ・ラシン将軍。我が恩師、デューク中佐。それのみではなく、戦友同志、全ての男たちが軍旗のために戦い、異郷の惑星で散りました。それら散りゆく武人を見送り、それでも勝利の望みに賭けて、仲間を見捨てず、最後の最後まで人のために戦い続けたのは……」
キルギバートはブロンヴィッツに真っ向から切り込んだ。
「
少年時代から軍人になることが憧れだった。その志をくれたのは目の前にいる男。グローフス・ブロンヴィッツであった。本来ならばその男のために戦うべきなのだろう。それでも軍人になった自分に、軍人として生きていくべき何かを与えてくれた者たちのために――。
「元首閣下……!」
キルギバートの青い瞳から涙が零れ落ちた。
ブロンヴィッツはその場から動かない。キルギバートも微動だにせず、真正面から向かい合った。
永遠に思えるほど長い時間が経過した。
「ならば――」
それからゆっくりとブロンヴィッツが頷いた。
「私に案を示せ、少佐」
「案――」
「軍旗に反逆せざる者、モルト軍人でありながら反逆を行った者――。ヨハネス・クラウス・グレーデンを用いるに足る案を、貴官が示せ。モルト・アースヴィッツ国家元首に呑ませるほどの実と力を持った案を、今、ここで」
キルギバートは雷に打たれたかのように立ち尽くした。
「ウルウェ・ウォルト・キルギバート。貴官が示せ」
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