第9話 新生モルト機動戦隊-月の宮殿にて-

 元首宮殿の入口に差し掛かった。ここは常に国家元首親衛隊の衛兵が小銃を担って立っていて、彼らの警備を通るだけでもかなりの苦労が必要な場所だ。だが、この日は傍らにシレン・ラシンがいる。名門の当主にして軍内の重鎮の顔を見るなり、親衛隊員たちは踵を打ち合わせて行く手を空けた。


 ブラッドが得意げな笑い声を挙げた。


「これはこれでいい気分だよな」

「うるさいブラッド」

「二人とも静かにせよ」


 キルギバート諸共に叱りつけ、シレン・ラシンは先を行く。宮殿内を行く人は様々だ。政治家もいれば軍人もいるし、いわゆる元首の"取り巻き"も多い。そんな彼らも若いながらに厳めしいシレン・ラシンの横顔を見て思わず姿勢を正した。今は戦時中で、その軍権を握るラシン家の人間を無視はできないのだ。


――元帥閣下ゲオルク・ラシンに似てきた。顔姿だけでない、何かが。


 キルギバートもそんな彼の変化を感じつつ、後ろを歩いている。人を率いるべき宿命を持つ者に生まれるとはどんなものなのだろう? と。だが彼は知らない。ウルウェ・ウォルト・キルギバートを変える宿命が、扉一枚向こうに控えていることを。


「停まれ」


 奥の間に着いた。

 シレンの表情が僅かに動いた。肩越しに前を見るキルギバートも目を見開いた。奥の間にいるのはただの衛兵ではなかった。全身を黒の法服に身を包み、大槍を持った長躯の人間だった。扉は交差した大槍によって、閉ざされている。


 キルギバートの後ろで、ブラッドとクロスが小さな声を立てた。


「なんだこいつら……、親衛隊じゃねえのか」

「もっとえらいやつですよ。きっと」


 キルギバートが後ろ手でふたりを制した。銀髪碧眼の青年も、すでに危険な臭いを感じている。シレン・ヴァンデ・ラシンの言ったとおり、この謁見には何かがある。


「元首閣下の御意により参上した。シレン・ヴァンデ・ラシンである」


 「名乗りを」、シレンが低く小さい声で促した。


「ウルウェ・ウォルト・キルギバート、同じく元首閣下の御命令を受け参上しました」


 しばらくの間の後に、衛兵は槍を解いた。そうして扉の脇へと下がる。扉が重々しい音を立てて開いた。その先に、いつか見た暗闇が広がっている。


「――」


 その闇から声がした。


「これはこれは。ようこそお越しくださいました」


 シレン・ヴァンデ・ラシンは全身の毛が逆立つのを感じた。

 危険などというものではない。これは猛毒だ。

 即座にシレンは膝を立てた。


「主の命により、バデ=シャルメッシ、お二人をお迎えに上がりました」

「シャルメッシ伯……!!」


 キルギバートも膝を立て、拳を床について頭を下げた。

 ブラッドとクロスが後ろで声を交わした。


「誰だ」ブラッドの声が低い。

「アースヴィッツを作った、元首閣下の腹心ですよ……!」


 バデはブラッドとクロスの問答の間に、つかつかと歩み寄った。シレンを通り過ぎてキルギバートの前に立つ。そうして、誰も止める者がないままに、銀髪碧眼の青年を見下ろして声を立てた。


「顔を上げなさい、キルギバート卿」

「……は?」

「貴方は武卿の位にある者、ラシン公と並んで位名で呼ぶべき御方」


――しまった!


 シレンは首だけで鋭く振り向いた。が、遅かった。既にバデは屈んでキルギバートと同じ目の高さまで来ていた。


「よくぞ来てくだされた」


 バデがその手でキルギバートの拳を取り、両手で握りしめた。


「モルト軍きっての勇士よ。主がお待ちかねです」


 キルギバートは握りしめられるままに立ち上がった。狼狽することも、抗う事も出来ない。ひどくのある床を滑るようにして、謁見の間へと誘われる。


「しばらくッ!」


 そこへシレンが割り込んだ。バデは退屈そうな表情を浮かべた。


「御意により召し出されたは、この場の将校全員のはず!」


 そこへ大槍を抱えた衛兵が恐ろしい力で割って入った。剛で知られるシレンでさえ、易々と割り入れられてしまう。シレンが長剣の柄に手を掛けた。


「ああ、その事ですか。元首閣下の御意を伝えます」


 バデは笑みを浮かべて告げた。


「元首はまず、キルギバート卿のみと謁見しその後に皆様に会うと仰せです」


 言葉を失い、棒を呑んだように立つシレンに対して低く笑いながらバデは肩を竦めた。


「ご心配なく。彼に用があるのは間違いなく元首閣下ですから」

「……何が狙いだ、貴公!」

「何も。軍人のような無粋な方々に興味はありませぬよ。そこから先は、彼次第」


 指を突き付けられたキルギバートは、バデとシレンを見た。


「ささ、キルギバート卿。こちらへ……」


そして、戦友の二人を見た。ブラッドとクロスも困惑するような、あるいは引き留めたいような切実な表情をしていた。


「……承知しました」


 言って、キルギバートはバデの手を振り払った。何故かわからないが、キルギバートは目の前の小男に恐怖と嫌悪感を感じ始めていた。そして、そんな男に子どものように手を引かれて連れて行かれることだけは拒絶した。


「一人で歩けます。お気遣いは御無用に」


 バデは呆気に取られたような表情をしていたが、やがて一つ鼻を鳴らし、深い笑みを浮かべて頷いた。

 キルギバートは扉を潜った。その背後で扉が閉ざされる。


 もう逃げ場はない。

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