第8話 新生モルト機動戦隊-転機-

 ゲオルク・ラシンが軍司令官へと復帰した。参謀総長の任はローゼンシュヴァイクが執り、その頂点は国家元首であるブロンヴィッツである。建国の軍設立の立役者が表舞台に揃ったことで、軍の士気はこのところだ。

 ゲオルク・ラシンの復帰に(非公式ながら)功を立てたキルギバートも、新たな体制の下で忙しく軍務を過ごしている――。


「ヒマだ」


――はずであった。当のキルギバートは頬杖をついていた。彼とその隊友たちはゲオルク・ラシンが復帰してから二週間ほど、兵営で暇を囲っている。つまるところ、本国監視は相変わらず解けていない。ローゼンシュヴァイクの使い走りの任もない。


「用済みになったんじゃね?」


 兵営の窓から外の景色を眺めつつ、ブラッドがそんなことを言った。糧食をぼりぼりとかじっている。


「黙れブラッド」キルギバートは憮然として切り返した。

「それに、まだ終わってもいないですよ」


 クロスは黒茶を淹れた黒鉄製の杯タンブラーを手に溜息をついた。


「グレーデン将軍の復帰がまだです」

「そちらは、ゲオルク・ラシン閣下と参謀総長がブロンヴィッツに掛け合ってくれるらしい」

「いつになるんですかね」

「わからん。だが、そろそろ何かあってもいいはずだ」


 キルギバートはそばに置いてあった隕鉄刀の鞘を手に取り、それを払った。昼間の室内に星光が散った。この刀をゲオルク・ラシンから譲られてこの方、肌身離さずに持っている。キルギバートの入れ込みようはすさまじく、彼を慕っているカウスが嫉妬するほどであった。


「戦局はどんどん動いているんだ。ゆっくりしている暇はないというのに」


 刀身を検分しつつ、キルギバートのこめかみには次第に青筋が浮かんできた。


「……上層部は何をしているんだ!」

「いらいらしたって始まりませんよ。はい黒茶」


 キルギバートはクロスに差し出された黒茶を受け取り、中身を一気に飲み干したてから舌が灼けるほど熱いことに気付いたが、我慢した。


「隊長!」


 そんな折、カウス・リンディが青い顔をしてやって来た。


「どうしたカウス」

「シレン・ラシン大佐が……」

「なに?」


 言葉を継ごうとしていたカウスの後ろに、ぬっと影が射した。

 何も言う事はない。シレン・ヴァンデ・ラシンの長躯であった。


「ひぃっ」

「見苦しいぞ上等兵……いや、今は伍長であったか」


 背後に隠れるカウスに微苦笑しつつ、キルギバートは向き直った。


「ラシン大佐。無沙汰をしております」

「いや、少佐。その節は世話になった」


 手に立ててある刀身を見たシレンは微苦笑した。


「相当気に入っているようだな」


 キルギバートは子どものように無邪気な笑顔を浮かべて頷いた。頷き終わる頃には刀身はもう鞘に納まっていた。


「ええ。これほどの刀をいただき、元帥閣下には必ず御礼にお伺いします」

「構わぬ。貴公も軍人だ。言葉より軍務で報いてくれることを父は期待していよう」

「必ず。それで、今日は何か?」


 シレン・ヴァンデ・ラシンは頷いた。部屋の空気が少しひりついたものになった。


「上意を伝える」


 上意、とは断れぬ者による直々の口頭による命令のことだ。そして、モルト・アースヴィッツにおいて断れぬ者とはただ一人しかいない。すなわち、国家元首ブロンヴィッツによる直々の命令である。


 キルギバートらは即座に踵を合わせた。


「キルギバート少佐、ブラッド・ヘッシュ少尉、クロス・ラジスタ少尉は速やかに国家元首宮殿へ参上せよ」

「元首閣下が?」

「そうだ。貴官らに用があると、そう仰せだ」


 隊員らと顔を見合わせた後、キルギバートは静かに頷いた。


「わかりました。すぐに向かいます」


 兵営の出口で待つ、そう言ってシレンは外へと出て行った。


「国家元首が一体なんの用でしょう……」


 クロスが呟くように言った。さすがに緊張の面持ちであった。


「行ってみるしかねえだろ」


 頭の後ろで腕を組み、ブラッドが言った。彼はこういう時ほど普段変わらない。モルトランツでの閲兵式の時さえそうだった。その変化のなさがこういう時にはひどく頼もしく見える。「指揮官向きだな」。そうキルギバートは考え始めていた。


「ブラッドの言う通りだな。とにかく向かおう」

「隊長、あの、僕は?」

「悪いなカウス、留守番だ。招集は士官らしいからな」


 がっくりと肩を落としたカウスに見送られ、彼らは徒歩で国家元首宮殿へと向かった。宮殿までの距離が兵営からそう遠くないことについては、ブロンヴィッツの演説の際に触れた。どたどたと出発した彼ら出会ったが、ばらばらの足音は兵営から出るなり統一されたものに代わった。速歩でカツカツと一定の拍子で軍靴が鳴る。


 シレン・ラシンとキルギバートは先頭を行く。


「キルギバート」

「何でしょう、大佐」

「用心せよ。何かある」


 キルギバートは軍帽の下で眉をひそめた。


「何かある、とは?」

「わからぬ。しかしだ――」


 シレン・ヴァンデ・ラシンは続けた。彼はゲオルク・ラシンの右腕、いや半身となって軍務に就いているため、軍上層部、政府ともに距離が近い。

 彼によると、このところ、司令官ゲオルク・ラシン、ローゼンシュヴァイク参謀総長はしきりに国家元首ブロンヴィッツと議論を重ねている。"議論"の内容は定かではないが、そうした時期に、元首直々の招集がキルギバートにかけられた。それも部下を引き連れて――。


「――何か、ある」


 国家元首宮殿は、すぐそこに迫っている。

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