第9話 機甲部隊進撃


 大陸歴2718年12月18日。

 西大陸の地上戦における最後の戦いの幕が開けた。ウィレ・ティルヴィア軍第一軍の第一派部隊が西大陸への上陸を果たした。

 西大陸南岸より上陸したアーレルスマイヤー大将率いるウィレ陸軍第一軍はモルト軍の防戦を跳ねのけて、すぐさま西大陸中部に進出。物量においてまさるウィレ軍を前に、南部を失ったモルト軍は後退し、西大陸北部の本拠地であるモルトランツ周辺で800カンメル四方の防衛線を張ってウィレ軍と対峙した。


 そして翌19日。上陸作戦からすぐさまモルトランツへと進撃した北上部隊は、モルトランツから南へ700カンメル地点まで迫っていた。


 地面を踏み、削り、滑る音が聞こえる。すでに南部防衛線を食い破り、100カンメルに渡って進撃を続けていたウィレ・ティルヴィア陸軍の大進撃は止まることを知らない。地上には二連装主砲を持つ主力戦車を筆頭にした機甲部隊。さらにその先頭をアーミー達が進む。歩兵達もその周囲で崩れた建物や戦車の残骸を盾に銃撃戦を展開している。


 西大陸最後の防衛線。ここまで来ればモルトランツは目前だ。地上戦の終わりは刻一刻と近づいている。


「大隊長。敵軍が退いていきます!」

「うん、確認したよ。鮮やかな退き際だ。敵軍はほとんど犠牲を出していない」


 主力戦車の上部ハッチから姿を見せたのは灰色の野戦服とヘルメットなどの防護服類に身を固めた青年だった。敵味方とも判別つかない爆音と銃声が大気を震わせる。


「誘き寄せなら、とっくに済んで――」

「少佐ッ!」


 数瞬遅れて、飛来した弾丸が隊長の頭に当たる。

 ヘルメットに弾が直撃する乾いた音が周囲に響いた。


「た、隊長……」


 凍りついたように車上の部隊長を見つめる兵士達。そんな空気の中で。

 大きく仰け反った中隊長はゆっくりと上体を戻した。


「―大丈夫だよ、ヘルメットの外縁に当たっただけだからね。それに前任シェラーシカ中佐も銃弾を恐れはしなかった。そうだろう?」


 青年の名はエルンスト・アクスマン。ウィレ・ティルヴィア陸軍少佐にして北方戦線で機甲部隊を率いてきた歴戦にして生粋の戦車乗りだ。シェラーシカ・レーテの後任として公都近衛大隊の機甲化を成し遂げ、西大陸攻略の一端を荷っている。

 苦笑する下士官に微笑すると、彼は戦車の中へと引っ込んだ。ヘルメットを脱いだ彼は弾があたった側頭部の辺りを見る。弾痕がヘルメットに刻まれていた。


「これが守ってくれたんだ……」


 首にかけていたネックレスに手を当てる。銀色の細やかな鎖に、銀の弾丸が繋げられている。それを見た操縦士がにやけながら口を開いた。


「公都の娘さんですか?」

「ミハイラだよ。それに僕の娘じゃないさ」

「奥さんですよね。噂は聞いてますよ」


 アクスマンは片眉を上げて肩を竦めた。伴侶という点で否定する気はないらしい。

そして戦車のレーダーを覗き込みながら現状を確認する。


「敵の位置がわかるかい?」

「隊長、真正面です」

「こうも乱戦だと識別が厄介だね」

「グラスレーヴェン部隊もなりふり構わなくなってきましたね」


 戦車長の言葉にアクスマンは頷いてヘッドホンを取り付けた。モニターにはモルト軍のグラスレーヴェンが映っている。獲物を求めて火炎放射器を背負い、目に付く物すべてを焼き尽くしている。


「……凄まじいね。敵は有効内かい?」

「わかりません。照準妨害が酷く、照準器が使い物になりませんから」


 射撃手が肩を竦める。見るとモニターに表示された照準フレームは原形をとどめないまでに霞んでしまっている。


「照射妨害……」


 言いながらアクスマンはモニターの敵を凝視する。やや乱れているレーダーを見て位置を確認しながら彼は大きく頷いた。


「大丈夫。真っ直ぐ来ているし、この距離なら当たるよ。今のまま砲身を10.5上に、右に2.1ずらして撃つんだ。砲弾は噴進散榴弾。戦車長、後は任せるよ」

「了解です。……榴散弾装填」

「了解。装填完了」


 装填手が操作を行い、弾薬庫から筒型のレールを通って砲弾が装填される。すかさず射撃手がトリガーに指を掛ける。そしてアクスマンの指示の通りに射角をずらして狙いを定める。


「射撃準備よし」

「――てぇっ!」


 戦車長の号令が響いた瞬間に、迷わず射撃手はトリガーを引いた。振動と砲声がアクスマン達を揺さぶる。モニターの中でグラスレーヴェンが横に飛ぶのが見え、戦車長、射撃手、装填手、操縦士は表情を強張らせた。


「外れる!?」

「大丈夫だ!」


 射撃手の叫びにアクスマンの声が重なる。


 横っ飛びに敵機が機動した事により砲弾は真横を抜けるかに思われた。

 だが――。その砲弾は空中で炸裂すると、周囲に散弾を撒き散らした。しかもその一つ一つには炸薬が詰まっている。炸裂の黒煙に鋼鉄の巨体は巻かれてしまった。さらに散弾の一つ一つでさえ榴砲弾並みの爆発力があるのだ。それが周囲で爆発すれば至近とはいえタダではすまない。


「信管が上手い具合に作動してくれたね。再装填は!?」

「済んでいます、少佐殿!」

「もう一発だよ。とどめを」


 戦車長が発砲の号令を下し、射撃手が更にトリガーを引く。爆発の衝撃で動きが鈍ったグラスレーヴェンは散弾に捉われ、さらにタンクへの命中を受けて大爆発を起こした。


「一機撃破!」

「さすがは、砂礫の猟豹」

「その渾名で呼ばれると、なんだかくすぐったいね」


 アクスマンは戦車のハッチを開き、上半身を外へと乗り出した。

 目の前に敵はなく、外の風を浴びる。


「――これは、そうか」


 風に潮のにおいが混じっていた。


「さあ。モルトランツは目の前だ」



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