第10話断崖の戦い

 同刻。モルトランツ南部「岸壁回廊」。


 モルトランツ周辺は高低差の激しい複雑な地形としても知られている。平地を抜けたと思うと雛壇上の複雑な丘陵地があったり、周囲を断崖で挟まれた狭い通り道もある。北は沿岸地帯になっていて、開戦直後の激戦が行われたことも早一年も前のこととなっている。

 南部にある「断崖回廊」は標高150メル程の断崖絶壁が入り組んだ地形で、ここを通る時は進軍速度を緩めなければならない。大部分の兵は迂回をしなければならなかった。


「なんだか、出そうじゃねぇか?」

「それでも、ここを抜ければ下り坂。モルトランツまで一直線だ」


 ウィレ軍兵士達はそんな事を言い合いながら狭く長い回廊を進んで行く。


 それを見下ろす一団があった。

 白備えの10機のグラスレーヴェンだ。肩には翼を広げた白鷹の紋章が施されている。


「予想どおり、孤立しているようだな」


 敵を凝視する切れ長の目は、まるで獲物を見つけた猛禽類のように鋭い。


「これより奇襲をかける。覚悟はよいな」

「「はッ」」


 声の主―シレン・ヴァンデ・ラシン大佐もまた過酷な防衛戦を生き残った。彼が従えているのはたった三機しかいない。それでも、目の前の敵軍をやり過ごそうとは露ほども考えていない。


 シレン機は刃を抜いた。


「時がない。痛撃せよ。我らの武名、モルト軍の武勇を知らしめる」


 眼下の部隊が中枢を曝したその時―。


「かかれッ」


 シレン・ラシンが吼え、断崖へと飛び込む。他の機体もそれに続く。彼らは空中からディーゼを乱射して鉄の豪雨を降らせる。次々に戦車が爆発し、歩兵が宙に吹き飛ばされた。


『て、敵襲ッ!!』

『敵は白、白のグラスレーヴェン!』

『し、白鷹だ。白鷹が出たぞ!』


 白尽くめのレーヴェンの襲来によりウィレ・ティルヴィア軍は大混乱に陥った。狭い回廊の中で爆発が起こり、兵士達は押し合い圧し合い出口へと逃げ、ある者は右往左往の間にあの世へと送られた。


 危機を察知したアーミー部隊が転進して奇襲部隊と激突する。


「来たな、怪物ども」


 シレンは機にヴェルティアを構えさせて跳躍させる。飛び越え、すかさずがら空きになったアーミーの背部を刃で一突きすると、アーミーは姿勢を崩し、地面を転がるようにして崩れ落ちた。


 シレン機がヴェルティアを空高く突き上げた。


「合図をッ」


 それに呼応したように、崖側の出口から二十機あまりのグラスレーヴェンと断崖口に待機していた最後のプフェナ隊が突入した。周囲は瞬く間に乱戦場へと変わった。


「はぁーッ」


 唸るように息を吐き、シレンは次の獲物を探しに掛かる。戦車は空き缶のようにひしゃげて爆発していく。ディーゼは地を舐め、粉塵と爆発の模様を描き、死の畑を耕した。


「敵の陣形が崩れた! 各自手柄を立てろ!」


 ヴェルティアで敵戦車を薙ぎ払い、薪でも割るように叩き潰した。

 崖の間で縦横無尽に動き回るモルト軍に対して密集していたウィレ軍部隊は誤射を恐れて身動きが取れなかった。


 混乱は著しいものとなり、回廊は血と炎に染まりつつあった。


『師団長がやられた』

『後退! 脱出しろ!』

『どこへ逃げろって言うんだ!?』

「烏合の衆め」


 襲撃を加えて僅か十分足らずで大混乱に陥る敵部隊を見つめ、シレンは吐き捨てた。とはいえ彼は潮時だと感じていた。敵部隊をどれほど撃破しようとも、数が減らない。ウィレ軍は救出のため、無尽蔵に兵力を向けてくる。


 シレンは意を決した。モルトランツは陥落する。ウィレの大地とも別れることになるだろう。それでも、戦機の限り戦い抜くのだ。シレンは機を転進させた。


「ここはもうよい。退けぇッ」


 崩れた敵が俄かに勢いを盛り返し、しんがりのシレン機に殺到する。それを叩きのめし、返り討ちに斬り捨てながらシレンは叫んだ。


「駆けよ。戦い抜き、故国へ辿り着く事のみ考えよ!」


 機甲部隊が迫る。まるで敗残兵の追首を狙うかのような浅ましさを見た白鷹が目を怒らせた。


「我らが黙って逐い、討たれると思ったか」


 意を察した白い僚機がシレンの周りに集結する。およそ幾万倍もの敵の群れに白い機体が刃を抜いた。


「鏖殺せよ」





「隊長、一部の敵が白旗を掲げ始めました!」

「これで、モルトランツへの道が―」


 アクスマンが呟き、肩の力を抜いたその時だった。地中から一機のグラスレーヴェンが土を払って現れた。


「タコ壷だと―」

「少佐!」


 映像が乱れる直前。アクスマンが見たものはそのディーゼがその地面を掃射する光景であった。アクスマンは後部座席から伸び上がり、前にいた操縦士と射撃手を自分の席の後ろへと叩き付けた。


「もう、誰も、死なせ―」


 言葉は最後まで言えなかった。

 凄まじい振動と轟音、そして衝撃を受けアクスマンの意識は吹き飛ばされた。地面を突き進んだ砲弾の雨は爆風と破片を伴って戦車を横転させ、さらに前半分を吹き飛ばした。しかし出てきたグラスレーヴェンもまた、戦車部隊の集中砲火によって胸部に風穴を空けて沈黙した。


 撃破された戦車にいた部下達は残骸から這い出して、最初に見たものは地面に仰向けに倒れたアクスマンの姿だった。

 彼は撃破される直前に弾薬庫誘爆を防ぐためのシャッターを下ろし、自分の後ろに兵士を隠す離れ業をやってみせた。だが、自身は戦車の前半分を削り取られシャッターが剥離した瞬間、戦車から投げ出された。


 彼が動く気配はなかった。砂の地面に赤い染みが広がってゆく。


『衛生兵! アクスマン少佐を護送しろッ、衛生兵!』


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