第9話 聖女になれなかった女と英雄になりたかった少年


 最初は、仕方なくだった。

 命令されたから。やらなければならなかったから。


 小さい頃から、自分から何かを始めたり、決めたりすることが苦手だった。

 家族や友人、学校の教師に求められることをやりさえすれば、当たり障りなく生きていける。それが自分にとって世界の全てだった。


 でもその"世界"はある日、簡単に崩れ落ちた。

 家族がいなくなり、自分は大人になった。何から何まで、自分で選ばなければ生きていけなくなった。


 甘えることも、すがることも許されず、必要に迫られて。常にその繰り返しだった。


 そんな中で、守りたいものがあった。

 必死で繋ぎ止めようとすればするほど、それは手から零れ落ちていった。

 諦めるほどに世界からは色が失われていった。庇護者を求めることを諦め、自立することを決めた時。医師になる夢を諦めて軍人になった時。家を自分で守ることを諦めて、ある軍高官の庇護に入ると決めた時。


 いつの間にか世界は灰色になっていた。


 そんな時に、ひとりの少年と出会った。弟と同じくらいの年齢で、全ての物事に目を輝かせることのできる、そんな少年が羨ましくて、少しだけ世界に色がついたような気がした。

 彼のおかげで、戦友ができた。自分は相変わらず必要に迫られて戦っていただけだった。しかも、そんな仲間たちを自分は裏切り続けていた。


 それでも仲間たちは自分を何かと頼りにしてくれた。罪悪感と居心地の良い安堵の狭間で、自分はどうするべきかを決められずにいた。


 だから、罰を受けた。自分で何も決めなかったから。


 弟は死んだ。何もしてあげられなかった。

 信頼を失った。軍人としての自分は最早死んだも同然だ。


 それなのに、あの少年だった仲間だけは自分を守ってくれた。傷だらけになりながら、泣きながら自分の居場所を守ってくれた。彼だけではない。自分の上官も、そして隊の仲間たちも、皆が救いようのない自分のような人間を守ってくれた。


 だから自分も守りたいと思った。初めて自分の意志で戦うと決めた。


 だからこの身は鋼鉄の怪物に委ねた。

 この手は操縦桿に在って、この指は引鉄の指に在る。


 仲間たちのために、ただそれだけのために。


 ファリア・フィアティスはここに在る。





 最初はただの憧れだった。

 英雄になりたいなんて子どもじみた願いだってわかっている。

 それでも、報道される現実と、自分から見てはるか向こう側の戦場では常に誰かが泣いていて、そして死んでいく。そんな世界をどうにかしたかった。

 そのための力が欲しかった。


 力を追い求め、がむしゃらに強くなるために走り続けた。教官に罵倒され、「根性だけは首席」と褒めているのかけなしているのかわからない評価を下されても、魔女に似た将校に拾い上げられたその時も、自分が強い人間になったとはとても思えなかった。


 だから願った。力が欲しい。英雄になるための力が。


 それは叶えられた。鋼鉄の怪物は自分の願いを、欲求を、誇りを満たしてくれた。

 でも、その望みを成就させたのは自分ではない。

 この力を与えてくれたのは他人だ。自分のものではない。


 どうすれば力を手に入れられる? そればかり考えていた。

 そんな時だった。


 出会った仲間たちと、常に少しだけ離れた所にいる白金色の長い髪の女性に、深くにも目を奪われてしまった。その女性は常にどこか寂しそうで、常にどこか頼りなさげで、それでも自分の行く先が拓けるようにと守ってくれた。


 上官で全てを諦めたような投げやりな目をしている男は、とても自分と合いそうにない。それでも迷いのない強さをもっていて、常に自分たちを率いて、先に立って導いてくれた。


 それに甘えた。

 だから罰を受けた。


 初めて出た戦場で、生まれて初めての"敵"を得た。

 そんな敵に、自分が誤魔化し続けてきたものを、全て暴かれた。


――英雄になりたいだと。ふざけるな。お前の本当の姿は醜い人殺しだ。


 わかっていた。


――戦う理由を見いだせず、命じられるままモルトの兵士を殺した。


 わかっていた。


――お伽噺にしか存在しない薄っぺらなキャラクターに己の姿を重ね合わせたところで、お前はどこまで行っても悪人で、人殺しだ。


 それでも――。

 それでも、どうすればいい?


 「力」だけではどうにもならないことに気付いた。だから「志」が欲しくなった。

 自分を完膚なきまでに罵った"敵"と同じように、志が欲しかった。


 その敵は強かった。

 仲間たちと一緒に強くなった。それが自分にとっての誇りだった。

 その仲間たちと何度挑んでも、彼を倒すことは今日までついに出来なかった。


 強さとは何なのだろう? どうすれば英雄に相応しい人間になれるだろう?

 そんなことばかり考えながら戦場に立ち続けた。

 その傍らでは、自分が心奪われた白金髪の聖女のような女性が戦っている。

 そんな彼女と、仲間たちと戦場を共にすることだけは、譲れない自分の誇りだった。


 でも、そんな彼女が実は聖女などではなかったと知った時。少しだけ悲しくなった。それが現実だったし、それが仕方のない事だと、わかっていたから。

 だから、全てわかった上で迎えに行った。彼女が今まで一人ぼっちで戦っていたことを、仲間が教えてくれたから。


 自分だけではどうにもならないことでも、仲間たちとなら乗り越えられた。だから、誰も失いたくなくて、英雄とは程遠い姿で泣きながら戦った。


 でも今ならわかる。

 聖女になれなかったと自嘲する女性は間違いなく、自分たちにとっての聖女であり、大切な戦友だ。そんな彼女と共にある自分を、誰より誇りに思っているのは自分自身だ。



 だから。

 刃を握りしめて、カザト・カートバージは戦場を跳んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る