第7話 敗者への仕打ち

 ベルツ・オルソン大将はウィレ湖畔北部の司令部にあり、ノストハウザン郊外の高級ホテルを接収して追撃戦の指揮に当たっている。

 湖畔北部にはすでに多数のモルト兵捕虜が集められていた。トラックの荷台に乗せられ、銃を突きつけられた彼らはもう数日飲まず食わずの有り様で、惑星ウィレに攻め入った時の威風はどこにもない。

 満足げに最上階スイートルームの大窓から外の様子を眺めるベルツの背後にある扉が開いた。後頭部にかけて反りのある鉢の深い鉄兜を被った野戦兵が姿を見せた。ベルツ・オルソンの軍閥を構成する北方州兵だ。


「首尾はどうだ」ベルツの問いに対して北方州兵は踵を合わせた。

「獲得した捕虜はすでに500名ほど。賞金稼ぎどもは血道になっているので、まだ増やせるかと」

「賞金稼ぎどもには金を積んでやれ。無免許でも構わん。モルトのシラミどもなら生きていようが死骸だろうが役に立つ」


 ベルツが賞金稼ぎに対して依頼を出したのは当初はただの気まぐれだった。戦いの指揮権をアーレルスマイヤー(と、彼の腰巾着に成り下がったシェラーシカ家の小娘)に対する当て付けとして、捕虜でも取ろうと考えたからだ。ベルツはふと思い立ったかのように踵を返した。


「どちらへ?」

「表にシラミどもを集めろ。侵略者どもの面が見たい」


 その日の午後3時。モルト兵捕虜がホテルの前に集められた。彼らは五列を組まされ、最前列に指揮官級の将校、後列にグラスレーヴェンパイロット、そしてさらに後ろに下士官兵卒といった具合だ。


 ベルツ・オルソンは陸軍大将の豪奢な制服を身に付け、ホテルの広間から表へと姿を表した。


「気をつけ!」


 声とともに北方州兵が捕虜に銃を突きつけた。モルト兵はひとりとして怯えもせず、傲然とベルツを睨んでいた。

 その彼らに対し、ベルツは勝ち誇った様子で顎を上げ、口を開いた。


「なんという様だ」


 ベルツの声は低く、厳かであった。しかしその声音の裏にせせら笑いが隠れているのは明白だった。


「侵略者として我が故国に攻め入ったばかりか、決戦にまで敗れ、このような無様をさらすとは。もはや貴様らは軍人ではない。ただの敗北者だ」


 ベルツは蔑みも露にモルト兵を睨み回した。抵抗できる術を奪われ、銃を突きつけられたモルト兵はただ歯を噛み締め、うつむいて地面を凝視している。失意と屈辱のあまり涙を流すモルト士官もいた。


 ベルツはずかずかと最前列に分け入り、パイロットスーツを着用したモルト兵の前に立った。


「杖を」


 ベルツが手を後ろに差し出し、従卒が彼の手に短杖を握らせた。その杖の先をうつ向くモルト兵の顎下に差し込むと、ベルツは無理矢理に上を向かせた。


「敗北者の中でも、貴様らは特に腐った連中だ」


 ベルツは次々に彼らの顎を上げさせ、その足元に唾を吐き捨てた。


「この殺人者ども。貴様らは人間の屑だ。いや人間ですらない。ウィレ・ティルヴィアの秩序と平和を脅かしたシラミどもめ。生きて故国へ帰れると思うな」

「待たれよ!」


 不意に、訛りの強いシュトラウス語の響きがベルツの背後から起きた。振り向いた先には初老の痩せたモルト軍将官が立っていた。


「貴様。官姓名を名乗れ」ベルツの睨みに怯まず、モルト軍将官は踵を合わせた。

「モルト機動軍少将アントン・バラーステット」

「……これは驚いた。ベーリッヒ首席元帥の補佐官ではないか。このような姿を晒すとは、貴官の上官も嘆いているだろうよ」


 老少将は踵を合わせ、背筋を伸ばした。


「勝敗は時の運」


 目を閉じて呟くように言ったかと思うと、彼は憤然とベルツの顔を睨んだ。


「しかし、このような恥辱を敗者に与えることが……仮にも開戦時のウィレ・ティルヴィア軍総司令官であった者が為す事とは小官には思えん。戦時には戦時の掟に従い、礼をもって我々を遇するよう―」


 ベルツはその言葉が終わるのを待たず、バラーステットの両肩に手をかけた。驚く彼の反応も見ず、そのまま肩口の階級章を掴み、力任せに引き千切った。


「お前たちごときモルトのシラミどもが―」


 階級章を泥の中に投げ捨て、ベルツは老少将の肩口を短杖で殴打した。呻き声をあげて膝を折るバラーステットを見たモルト軍士官の捕虜らが顔を紅潮させて進み出ようとしたが、北方州兵に銃口を突き付けられ近寄ることもできない。


「貴様らは軍人でもなければ兵士でもない。ただの殺人者だ」


 胸のすく思いだ。ベルツは足元で膝をつく敵将を見て愉悦に浸っていた。自然、その口は止まることなくモルト人捕虜に対する悪罵を並べ立てる。バラーステットの脇下に杖を差し込んでたたき起こしては、逆側の肩を殴打して地面に這いつくばらせる。


「同胞を多く殺戮した貴様らは虐殺者だ。歴史を見るがいい。お前たちの行き着く先は絞首台だ。貴様ら全員、生きて故国に還れると思うな」


 杖が風を切る音、後に響く打撃音が幾らか続いた後。滅多打ちにされて動かなくなった老人を捨て置いたベルツは息を切らせながら後ろの北方州兵へと振り返った。


「グラスレーヴェン搭乗員を今ここで銃殺しろ」

「閣下、それでは戦時協定違反に―」

「構わん。こいつらは軍人でもなければ兵士でもない。ウィレ・ティルヴィア軍将兵を数多殺した虐殺者だ。私が全軍に成り代わって懲罰を加える。」


 モルト兵たちが青ざめ、やがて騒ぎ始めた。北方州兵が彼らの脇を抱えてベルツの前へと引き出して跪かせる。十数人の搭乗員たちは悪態をつきながらぬかるんだ地面に引き据えられた。


 ベルツはホテルの玄関に続く階段を上り、杖を振り上げた。


「狙え」

<引き金を引いてみろ! 蜂の巣にされてでも貴様を食い殺してやる!>

<モルト人の死にざまを見せてやる>


 銃口が向けられる金属音が響いた。捕虜たちは泣き叫ぶこともせず、ただベルツを呪い殺さんばかりに睨んでいる。

 ベルツが悪罵を返し、執行を叫ぼうとしたその時だった。


「待て!!」


 声と共に銃声が轟いた。

 北方州兵がぎょっとしてその方向へと目を向けると、そこにはベルツと同じ陸軍大将の制服を着た男が立っていた。白服の陸軍兵―公都近衛兵―を連れている。


「アーレルスマイヤーか」


 ベルツは舌打ちし、毒づくように呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る